江ノ口川、梅田橋界隈の風情〔786〕2005/06/10
2005年6月10日(金)気持ちよく晴れ渡りました
天気予報によりますと、今日は晴れ後曇り、明日は曇り後雨。いよいよ、てな感じですね。今日は梅雨直前の、気持ちのエイ朝になりました。早朝から鏡川をたつくり、ちくと趣向を変えて月の瀬橋から北上、電車通りを渡って「梅田橋」まで走って来ました。江ノ口川に架かる短い橋は「梅田橋」。江ノ口川は、旭町から北奉公人町の北を流れ、高知城の西から北を通って浦戸湾方面に流れて行きます。この「梅田橋」のある二丁目界隈では、川幅も大分狭うなってきちょりますが、川縁にはたくさんの、本当にたくさんの「緑」が溢れ、少し懐かしいような風情になっちょります。
ひまわり太郎が子供の頃は、旭に製紙工場がありまして、その廃液で江ノ口川は西日本一汚いと言われるドブ川でした。今はかなりきれいになってきちょりまして、たくさんの生き物が生息する川に戻りつつあります。
この辺りにはたくさんの大きな鯉が泳ぎ廻りよります。ホントにデカイ。ビックリします。
藩政期の時代から、高知城の近くを流れるこの江ノ口川にはたくさんの橋が架かり、交通の中心になっちょりました。
向こう側の橋が「梅田橋」。ここから少し東へ下ると「常通寺橋」。藩政期、このすぐ北側に「常通寺」という大きなお寺が有ったのであります。その東に「御幸橋」、その東が「円満橋」。美しい名前の橋が並びますな。藩政期初期の地図を見てみますと、江ノ口川は鏡川(潮江川)より随分と川幅が広うなっちょります。ほんでもって「大川」と呼ばれ、今でも「大川筋」という地名が残っちゅうという訳ですね。