高知共立学校、発動機、高知新聞〔7355〕2023/06/05
2023年6月5日(月)薄曇り
昨日の高知新聞に、明治15年9月12日、まだ若かりし牧野富太郎くんが「高知共立学校」で「ミッチェル地理書」を借用したときの借用書原本が発見された、という記事。発見したのは、土佐女子中高司書の高島さん。ご苦労様でした。この借用書があることは、1992年に当時土佐女子の国語の先生だった竹本義明先生が作成した「高知共立学校資料集」に書かれているのでわかってたけど、原本の所在はずうっと不明になってた、というもの。竹本先生は、土佐史談会にもゆかりのある先生。国語の先生やけど、歴史にも詳しい先生。
で、ここに出てくる「高知共立学校」とは。土佐女子中高のHPで沿革を見ると、明治35年に開校した「土佐女学校」は、翌年明治36年に「高知共立学校」と合同、とあります。なので「高知共立学校」は土佐女子の原流のひとつ。
高知共立学校が開設されたのは明治15年。片岡健吉さんや山田平左衛門さんらによって「立志学舎」の後継学校として設立、とあります。英語やフランス語教育も行い、なかなかの学校だったみたい。富太郎(20歳)が「ミッチェル地理書」を借用したのも明治15年だから、開校間もない高知共立学校で借りた訳だ。自由民権運動の流れを汲む高知共立学校なので、富太郎くんも、その関係で学校関係者をよく知ってたのかも知れません。竹本先生調べによると、高知共立学校で英語を教えていた馬場孤蝶さんを、島崎藤村が訪ねて来たという記録も残っているんだそう。なかなかの学校やねー。ただ、入学志願者が減少してしまい明治26年一旦休校となってしまう。で、明治36年に、土佐女学校に統合になった、という歴史。
そんな歴史の「高知共立学校」開学直後に、牧野富太郎くんが「ミッチェル地理書」を借りた借用書原本を、司書さんが発見。いい話題でした。さすが高知新聞。
さすが高知新聞と言えば、今朝のこの記事。「昭和の音、発動機で堪能」の見出し。おう。以前、このにっこりでも幾度か書いたことのある発動機マニア達の話ではないか。昨日も旧物部村に高知のマニアが集結して、それぞれ自慢の発動機を動かして楽しんでいたみたい。今回は、その旧物部村の空き家で昨年12月に見つかった発動機も登場。愛好家たちが3日かけて運び出し、修理整備して、復活したんだとか。動かす前に御神酒をかけてる写真がいいねー。発動機への愛が伝わってきます。
悲しいニュースや厳しい記事が多いなか、こういう記事があると、ホッとするね。いろんなところで、それぞれ頑張っているひとたち。僕も頑張らなくっちゃ。高知新聞、ありがとう!