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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

高田と大野で、田野〔7074〕2022/08/28

高田と大野で、田野

2022年8月28日(日)晴れ

ここは大野台地。高知県東部、田野町と安田町にまたがる更新世段丘。眼下に田野の町が見えてます。更新世段丘にしては標高が高いのは、隆起しているからね。高知県、室戸岬と足摺岬は隆起し、中央部は沈降しているのはご承知の通り。室戸、西山台地も、ここ大野台地も、そして穴内の台地も、全部更新世段丘が隆起したもの。東の方が標高が高いのは、室戸に近づくほど隆起量が多いから。フィリピン海プレートの為せる技。

 

で、大野台地の「大野」は、大野豊前守に由来します。南北朝の頃、京の公卿が大野台地南方にやって来て領主となり、大野豊前守と称したという伝承があります。八幡様の北側に墓所があるね。まあ、突然公家さんがやって来て領主になる、ということは、縁もゆかりもなかったことは考えられず、荘園絡みでなんらかの関係があったのでありましょう。その大野豊前守の名前は、大野台地に残っています。元々大野という土地で、そこにやって来たから大野氏になったのかどうかは、知りません。

 

領主と言えばもう一人。高田氏。鎌倉初期、これも京から野々宮左大臣の一門、という公家さんがやって来たと言います。こちらは、流罪。で、住んだのが高田山。この辺。洪水や津波に強い、少し高くなった田んぼがあったんでしょうか。高田山。そこに住み着いたので高田氏を称し、城を構え、高田法橋と名乗ったと伝えられます。なんで流罪でやって来た公家さんが、そんなに勢力を持ったのかは、知りません。

その高田法橋さんが、次男を出家させて建立したのが正伝寺で、今の福田寺になるんだそう。過去帳には、うちのご先祖様のことが書かれた資料が残っているかも知れんという、福田寺。

 

で。どちらも京からやって来た公家さん、大野氏と高田氏が、この界隈で力を持っていたということになる訳やけど、高田の「田」と大野の「野」で、「田野」になったということ、らしい。知ってましたか?僕は迂闊にも知りませんでした。61年も生きてきてね。世の中知らないことだらけ。

 

田野町の町名は、領主となった公家さんの姓、高田さんと大野さんから。大野は台地で、水がポンプアップできない時代は、台地の上は「野」であった。大きい野原。

高田山は、地形分類図で見るとこんな感じで、奈半利川の洪水から守られた高い場所につくられた田んぼ。

 

京都の公家さんが領主だった田野は、その後、奈半利川河口の港町として、そして材木の積み出し港として栄えたのでした。高田さんと大野さんで、田野。今日もひとつ、勉強になりました。


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