セピア色の13年後〔6537〕2021/03/09
2021年3月9日(火)晴れ
「セピア色の吉野川」という本があります。副題が「人と風景・定点観測50年」。
島内英佑さんという高知出身の写真家さんの写真集。島内さんは土佐高出身。日大芸術学部写真学科を卒業で、その大学卒業作品が、四国最長の川、吉野川に暮らす人々の風景を源流から河口まで撮影した写真。撮影したのは1958年のこと。その時に撮影したご縁で、ひょんなことからその20年後に、同じ場所での写真を撮って歩くことになった、島内さん。そのことの重要さに気付いた島内さんは、またその20年後に同じ場所を選んで写真を撮りました。そして2008年、つまり最初に撮った吉野川から50年後の、同じ場所での風景の数々を撮影し、その半世紀の遷り変わりを写真集にまとめたのでした。
「セピア色の吉野川」
僕がまだ生まれる前の風景は、映画の中の風景のようであり、人々の暮らし、表情が生き生きと描かれています。人が減り、若者が減っていく山の暮らしの様が、この50年間の写真で悲しいくらいに見て取れる。
その定点観測50年の写真集の、最新の写真が撮影されてから、更に13年が経過しようとしています。13年。あの時の最新の写真も、また、セピア色になりつつあるのかも知れません。デジタルなので変色はせんけど。
その本には、高知県と徳島県の県境風景が、半世紀の時空を超えて紹介されてます。このにっこりでも、今から7年ほど前に撮影しました。その県境の徳島県側にあるのが「そば茶屋」。
このにっこりでは、その「そば茶屋」については、幾度も幾度も書いてきました。一人で切り盛りするおばちゃんは、弊社元総務部長、岩原出身の下村さんの親戚で、下村さんのことをヤスシと呼んでましたねー。
改めて「セピア色の吉野川」で県境のところ、見てみる。
おう。気付いてなかった。県境のところでは、その「そば茶屋」のおばちゃんが、写真入りで紹介されているではないか。13年前。
女性の年齢を言うのは失礼かも知れませんが、言わせてください。現在93歳。一人で、料理をつくり、そば茶屋を経営されておられます。
今日は香川で仕事なあるので、国道を走り、久々に食べに寄ってみました。「そば茶屋」。行ってみると、珍しく開いてない。ひょっとしたら閉めたのか!と思いましたが、そうではありませんでした。
お店の前におじさん。「そば茶屋」のおばちゃんの息子さんと思しきおじさんに尋ねてみると、偶然今日はお店がお休みなんだと。残念。
僕「おばあちゃんはお元気ですか?」
おじさん「元気元気。今もそこへ草取りに行っとるわ。」
良かった良かった。
県境の小さな橋から、その「そば茶屋」方面を撮影してみました。向こうの右手に、「そば茶屋」さんがあります。開いた「セピア色の吉野川」。左上の白黒写真が、1978年の、同じアングルでの写真。その頃は、この右手に「ホテル国境」というのがありました。右上のセピア色の写真が、1958年の、この界隈の写真。道路は未舗装。
50年で風景はすっかり変わり、それから13年。相変わらずおばあちゃんは変わらず元気で「そば茶屋」を切り盛り。開いてる日に、また、あのおいしいそばを食べに行かなくっちゃ。