夕刊がないなる〔6448〕2020/12/10
2020年12月10日(木)晴れ
連日の新聞ネタで申し訳ないけど、今日の高知新聞朝刊に、かなり衝撃的な記事があったので、今日はその話。
なんと。高知新聞さんは、今月25日をもって、夕刊を廃止するんだそう。記事では「休刊」になってるので、復活にも含みを持たせる感じやけど、現実的には廃止ということなんだと思います。
高知新聞夕刊は、この記事にもあるように、1927年、つまり昭和が始まって間もなく開始され、戦時中の休刊時期を挟んで現在まで、ずうっと高知県民に愛されてきたのでありました。しかし、ここにも書いてるように、メディア環境の劇的変化や人口減少の中で、遂になくなってしまうことになったのです。なかなか衝撃的。青天の霹靂。
ずうっと、夕刊があるのが当たり前の生活をしてきた僕らにとって、突然こんな事態が訪れるとは、思ってもなかったからビックリ。上で、今日の朝刊と書いたけど、これからは「今朝の新聞」と書くようになる訳で。
左側には昨日の夕刊。ジョン・レノン没後40年で、追悼が行われている、という記事。最近ビートルズにハマってまして、車の中ではビートルズばかり鳴らしてる僕にとって、ジョン・レノンという人物は、特別な存在かも知れません。
こないだのアメリカの大統領選挙中、もしあの時代のジョン・レノンが今のアメリカに居たら、どんなメッセージを発信していただろう、と考え続けてました。影響力、大きかったと思うし。
最近、ビートルズの評伝を金高堂さんで買ってきて読んだけども、その音楽や行動が20世紀に与えた影響ってのはかなり大きいと思う。その評伝が書かれたのは1990年代。ビートルズは、21世紀になっても人々に愛されるのだろうか、という問いを投げかけているけど、間違いなく、21世紀も、そしてこれからもずっと、とても素敵で重要な音楽、活動として、ビートルズは人々の記憶に残り続けていくことが、2020年に暮らす僕たちにはわかっています。
ビートルズやジョン・レノンの音楽を聴くと、その革新性やメッセージ性、哲学的ですらある文学性など、いろんな思いに包まれてしまう。もう、ジョン・レノンが射殺されてから40年か。今、こんな時代にこそ、ジョン・レノンの歌を今一度、聴き直してみよう。あの大統領には、全然理解できんかも知れんけど。
夕刊の話でした。
メディア環境の激変。そう。昨日も書いたけど、今はネットでなんでもできるしどこでも行ける時代。
ジョン・レノンが暗殺されたのは、このビル(ダコタハウス)の玄関前。そして、その向かいのセントラルパークには、ジョン・レノン追悼の記念広場、ストロベリーフィールズがあって、12月8日には、多くの人々が集まって、イマジンなどの歌を歌ったと言います。それが、ここ。
こんなネット環境、メディア環境の中、夕刊がなくなるのは、仕方ないことかも知れません。でもね。やはり新聞の役割ってのは大きい。ネットでは得られない、広くて深くて濃い情報は、新聞でしか得られないもの。高知新聞さんには、頑張ってもらいたい。
それでも、ジョン・レノン追悼の記事が一面トップにドーンと載るなんてのは、夕刊ならではのことで、それがこれから無くなるのかと思うと、少し、寂しい。