粗品は時空を超えて〔5528〕2018/06/04
2018年6月4日(月)晴れ
梅雨の晴れ間はつづく、つづく、つづく。とは言え、明日明後日は雨になりそう。でも今日は良いお天気。気分晴れ晴れ月曜日。
さて。ひまわり乳業には、本社工場の他に、松山支店、西日本事業部、そして中村支店がございます。その中村支店。
元々は、昭和37年に、中村市の誘致工場として工場でスタートしたもの。中村工場。後の公式の記録に「当時幡多郡下の酪農業が危機に瀕していたのを救い、その後飛躍的な発展を見るにいたった。」と記されるようになった、重要な工場でした。
その後、どんどんと道路が整備され、交通の利便性が飛躍的に向上したのをきっかけに、中村工場は南国工場へ統合、中村支店となって、今に至っております。
その中村支店が、この度、移転しました。同じ四万十市内ですが、四万十川の西の、具同。具同駅の近く。
工場であったときの建物などがそのまま残っている中村支店だったので、先週末の引っ越し作業の際には、色んなものが出てきました。こんなの、残っていたのか、というお宝も、出てきた。
一階事務所の押入れの上。天袋のところの奥に、大きなダンボールがありました。それを降ろしてみると。おう。コップだ。
このような、箱に入った景品コップがなんと、111個。すごい。
会社にも、いくつかの種類の景品コップ、残ってます。が、しかし。このような箱入りの、しかもこんなに大量のコップが残されていたとは。ビックリするとともに、嬉しかったですね~
この社名にご注目。「ひまわり南海乳業」。
高知牛乳食品株式会社だった社名を、愛媛県進出を機会に「ひまわり乳業株式会社」に改めたのが、昭和46年。その翌々年の昭和48年、土佐市高岡町にあった南海乳業株式会社と合併し「ひまわり南海乳業」という社名となったのでありました。10年間は、この社名でいこう、という話での合併であったと聞いてます。
たぶん、その合併当時に作られた、景品コップ。何故かと言うと、右端の「ゼルシー牛乳」。
南海乳業で製造されていた商品は、合併しても、そのまま引き継がれました。南海乳業の工場は、ひまわり南海乳業土佐工場となった。その土佐工場で製造されていたのが、南海乳業から引き継がれた「ゼルシー牛乳」と、同じく南海乳業で製造していた「リープル」なのだ。
そう。「リープル」は、元々は南海乳業で製造されていた乳酸菌飲料。
ゼルシー牛乳は、その後、製造しなくなったので、「ゼルシー牛乳」と書かれた箱があるということは、昭和48年の合併の少し後につくられた景品コップであることが推理できます。40年以上前の代物だ。すごい。
それにしてもこのデザイン。
ああ。可愛い。可愛いすぎる。男の子が「どうぞよろしく」。ひまわり牛乳を持った女の子。みんなそろって。
このデザイン、なんとか復活させて使ってみたい。いや、使うべきだと思いました。
引っ越し作業中に発見された、貴重な貴重な歴史的粗品。
たぶん、宅配のご契約を頂いたお客様に進呈したりしていたんだと思います。ノベルティグッズ。こういうセンス、忘れてはなりませんね。
先人が、時空を超えて僕らに残してくれた、思い。