姫路のスーパーとエバンゲリオン新幹線〔5098〕2017/03/31
2017年3月31日(金)曇り
曇ってます。暖かい、朝。
昨日は姫路日帰りでした。兵庫県には、姫路市を中心に8店舗展開されておられる「ヤマダストアー」様という食品スーパーがございます。こだわりの高質スーパー。良い商品がたくさん並んでいて、店内はいつも賑わっている、お店。
その牛乳乳製品売り場には、弊社の商品がどっさり。どっさり、並んでます。ここは高知か?と思うくらい、ひまわり乳業商品を取り扱って下さってます。ものづくりの考え方に共鳴していただいた、その結果でございます。本当にありがたいこと。お近くの方は、ぜひ、一度ご来店ください。本当に良い店ばかりですき。
ところで、昨日、岡山から乗った新幹線こだま号は、偶然ですがエヴァンゲリオン新幹線でした。あの、大ヒットしたアニメ、新世紀「エヴァンゲリオン」仕様で、外観だけではなくて、内装もすごい。乗車していた小さい子供達も大喜びの様子。なるほど。こんなの、あるんだ。エヴァンゲリオン新幹線500TYPE-EVAというのが正式名称らしい。
僕はエヴァンゲリオンがどんなストーリーか知らないですが、色んな情報によりますれば、なかなか深いテーマを取り扱っているようです。大人が観ても色々と考えさせられるような、深みのある物語だと言います。
エヴァンゲリオンと言えば。
以前ご紹介した本に「愛国と信仰の構造」というのがある。集英社新書。宗教学者として有名な島薗進さんと、新進気鋭の政治学者で思想家、中島岳志さんの対談本。
明治から大正昭和にかけての、宗教と、国家主義や愛国主義、超国家主義に至る思想の関係性を語った、佳い本。
その中で、ユートピア主義の危険性を語ってます。自分というものの存在価値や居場所を見失って煩悶する若者のことを、この本では「煩悶青年」と呼んでます。彼らが、仏教などの中に極端な国家思想を結びつけて考え、自己と他者を一体化することで、自分の居場所を見つけて安心する。
そして、過去をユートピアとして位置付けたり、純化された国家がユートピアであると位置付ける。本当にそうだと確信してしまう。その萌芽は明治期にあって、昭和初期に大きな力を持って行き、あんな時代をつくってしまった。ざっくり言うと、そんな話だ。ざっくりし過ぎですが・・
で、エヴァンゲリオンが、上記の煩悶青年の世界観と重なっている、という議論をしているんですね。エヴァンゲリオンでは、「人類補完計画」というユートピア構想が推進されていく。それは、自己と他者がすべてひとつのスープのようなものに還元され、自己と他者の区別がつかなくなる世界が、次の人間の段階として積極的に設定される、という計画。皆が歓喜の中で自分が消えていく、というもの。
で、主人公のシンジ(14歳)は、そのスープに溶け込んでいくという選択を拒否する。「みんな本当の人類に昇華するんだよ」という言葉に、「これはちがう」「僕がいないもの」と答える。
と、まあ、ざっくりこんな感じのストーリーだ。ざっくりし過ぎですが・・・
で、中島先生は、この、他者と自己がいなくなるという究極のエクスタシーが持っている危うさこそが、昭和初期の全体主義と結びついた世界観と共通するものだ、と述べています。島薗先生も、エヴァンゲリオンを勉強されていて、同意してました。なるほど。
その本の中では、国家神道は宗教ではない、という建前によって過激な仏教系の国家思想家が正当化された歴史も、語っている。
写真は、今朝、5時前の上岡八幡宮さん。地域の産土神。ここには、そんなこんなの宗教観とは関係のない、厳粛な静けさが、満ちている。