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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

木花咲耶姫と大山祇神社〔4929〕2016/10/13

木花咲耶姫と大山祇神社

2016年10月13日(木)薄曇り

こないだ、奈良県の吉野で、竹林院の住職さんから吉野桜の恩人の話を聞いたことを書きました。その恩人中で一番最初にでてくるのが、木花咲耶姫。コノハナサクヤヒメ。
そう。大山祇神の娘さん。なんでも、最初の桜の種を富士山から蒔いたのが木花咲耶姫だという話。「さくら」は「さくやひめ」からきた名前である、などという説もあるくらい、桜にゆかりのある木花咲耶姫。

今朝は、潮江天満宮本殿の西側、小山に鎮座まします大山祇神社さんを、小山をぐるりと廻る参道の小径から見上げて撮影してみました。木花咲耶姫のお父さん、大山祇神を祀る大山祇神社と、巨大な磐座。

この大山祇神社さんを初めてご紹介したのは、今から12年前、2004年9月4日のこと。丁度月次祭日でした。祠の横には由緒を書いた説明板。この写真を拡大してみても、何と書いてあるのか、ちょっとわからん。
記憶によりますれば、地元の古老の話として、この大山祇神社は手箱山から勧請してきたもの、ということが書かれちょりました。いつ勧請してきたのかは、不明とも。
その由緒書の立て札も、いつしか古びて文字が消え、何と書いちゅうのかわからんなってしもうちょりました。

近年、その由緒書きが新しいものに取り替えられたのでありますが、そこには、由緒は「未詳」とだけ書かれている。ああ。すべてが謎になってしまったのか。

しかし、僕は知っている。
一昨年、2014年5月4日に手箱山(1806.2m)と筒上山(1859.3m)に登った際、謎が解けたような気がしました。
手箱山のてっぺんには「大山祇神社」さんは、ない。ありませんでした。おかしいな、と思いながら、隣の筒上山へ、。筒上は、頂上部分が崖に取り囲まれ、しつらえられた鎖をつかんでよじ登る必要がありました。そんな筒上山のてっぺんは、宗教空間。
山頂近くには小さな祠がたくさん。で、山頂には大山祇神社。おう。これだ。
しかも、大山祇神社の脇には、なぜ、そこが宗教的空間になっているのかを書いた説明板がありました。

潮江天満宮は、菅原道眞公が大宰府で失意のうちに亡くなった後、その遺品が土佐に左遷中の嫡男、菅原高視さんのもとに届けられたことに始まる。その遺品を地元の宮地さんという方がお祀りしたのが、潮江天満宮の始まり、とされます。
その宮地さんの子孫は代々天満宮宮司さんになるのでありますが、幕末の頃、霊感が強かったその時の宮司(もちろん宮地さん)が、筒上山に強い霊験を感じ、大山祇神社を創建、たくさんの祠を建てて宗教的空間を創り上げた、という話。

ここ、潮江天満宮の、手箱山からいつの頃か勧請された、という古老の言い伝えは、幕末か明治の頃、筒上山の大山祇神社から勧請された、というのが正しいのではないか。
種々の状況から、それが正しいのではないかと思うのでありますね、僕は。

ともあれ、朝の大山祇神社。山に鎮座する姿が、実に美しい、大山祇神社。


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