台地の上の神々〔4855〕2016/07/31
2016年7月31日(日)良いお天気
暑い。夏だ。夏休み真っ盛りの日曜日。
今日は、長岡台地へ行ってました。近年開通した曙街道。土佐山田とかを高知の街にとても近くした画期的な、道路。この道路は、長岡台地の尾根部分を縦走するように、走っています。
地理院地図で見ると、ホントによくわかる。情報リスト、主題図の、土地条件図を表示すると、こんな感じ。国道195号線が曙街道。このオレンジ色の部分が、最終氷期であるヴュルム氷期の前の間氷期、温暖化によって海水面が上昇した際に堆積した洪積台地、長岡台地だ。
固い地盤。そこそこの標高。そんな訳で、東日本大震災以降、人気が高まってきた、長岡台地の上。
そして、台地の尾根を走る、曙街道。
その長岡台地の、JR土讃線土佐長岡駅の北西。そこに、韓国料理のお店があります。立派な民家を改装した、景福宮(キョンボックン)さんというお店。美味しいです、とても。なので、こじゃんと流行っちょります。雰囲気も良いし。
今日、お昼頃に行きましたが、満員。で、並びました。
並んで待ちゆ間に撮影してきたのが、この写真。お店の近所。小さなお宮さんがあります。横を流れる美しい水路。稲刈り間近な、田んぼ。そして田んぼの神様。
洪積台地の上なので、本来は水はけが良すぎて水田には向いてませんが、灌漑技術の進展で、豊かな農地になりました。
田んぼの神様や、小さな祠、お宮さんが多いことから、ここが古い古い土地であることが、わかります。
で、Googleマップで見てみると、いや、すごい。
お宮さんだらけだ。
曙街道の北には、長岡の中心部を通る旧道。その旧道沿いに、東から、神母神社、若宮八幡宮、荒れ神社、猿田彦神社、と並ぶ。南側は、西から、桑原八幡宮、柏木神社、山本神社、と、並ぶ。この小さなお宮さんには名前が振られてないので、何のお宮さんかは、不明。
これだけ、お宮さんが多いということが、ここが古くから栄え、人々の営みが絶えることなく続いてきたことを、教えてくれる。
確かにこの界隈、古くからの遺跡がたくさん。
近所の東崎遺跡、古篭遺跡、そして士島田遺跡などは、弥生時代後期の集落遺跡。全部長岡台地の、上。弥生後期、というのが、長岡台地の特質を表しておりますな。
弥生前期から中期は、田村遺跡などに代表されるように、扇状地の、自然堤防上などに集落が展開しています。弥生後期になって、台地の上に集落が展開するのは、やはり、灌漑技術の進展と関係があるのでありましょう。灌漑さえできれば、台地の上の方が、安全で、快適だ。
長岡台地の上は、弥生後期に集落ができた後も、ずうっと、人々が住み、生活を送ってきました。
ときに、年越山のように古墳群ができたり、士島田遺跡のように官道が通ったり。もちろん、近世になっての集落遺構も、多い。
この、夏の風景。田んぼの神様。小さな森の祠。
上に書いた、地図に名前のある神社の他にも、あたりかしこ、こんな神様が点在する場所。長岡台地の、上。
人々が灌漑し、暮らし始めた弥生時代後期から、ここは、人々が、神とともに暮らす土地でありつづけてきたのか。