高校生は、すごい〔4694〕2016/02/21
2016年2月21日(日)晴れ!
昨日書きましたように、今日は、高知県の高校対抗、牛乳料理コンクール本選が開かれております。正式名称は「高校対抗!第2回 高知家の牛乳料理コンクール」。29チーム41点の応募から、書類審査を通過した県内6校の高校生たちが、それぞれの工夫を凝らして牛乳を使った料理をつくる。なんと素晴らしい試みだ。昨日、主催者を間違うちょりました。主催は高知県酪農連合協議会。牛乳普及協会は共催ということでございます。
こうやって牛乳の消費を増やしていくことも大切。なんせ、高知県は、一人当たりの牛乳消費量が全都道府県中で47位、つまり最下位という統計データもあります。ああ。47位。まあ、色んなデータの取り方はあるにかありませんが。しかし我々供給業者にも責任ありますね、これは。一人当りのアルコール消費支出が第1位であるのと、実に対照的だ。
そんな意味で、これからの高知を担う高校生達が趣向を凝らした牛乳料理を考える、とうのは実に意味深い。良い試みだと思います。
子供達と牛乳、ということで言えば、昨年、新潟県三条市で2学期から学校給食の牛乳を廃止する、ということが行われました。市長が「米飯給食に牛乳は合わない」という理由で決めました。
その顛末がどうなったかと申しますれば、結局、牛乳を廃止するとカルシウム等の栄養素を他の食材で補完することは不可能、との現場からの声もあり、ドリンクタイムという時間を給食以外に設けて牛乳を出すようにした、ということですね。ああ。これはまた、現場は大変だ。
ご飯などの給食に牛乳が合わない、というのは、誰が言うているのか。少なくとも、ほとんどの子供達は、そんなことを感じていないようです。給食を食べていない大人が、勝手な思い込みで物事を進めてしまったことに、この問題の残念さがある。
しかも、この市長、言うに事欠いて「食育」を持ち出してきた。つまり、和食に牛乳を飲ませるといことは「食育」上、好ましくない、ということにかありません。「食育」だと?
「食育」を語るなら、高知県南国市の学校給食の事例を勉強してからにしなさい。「食育」とは、もっと、地道で継続的で根源的で、大変な努力を必要とするもの。弊社も、南国市の「食育」の取り組みには当初から協力させて頂いてきた経緯もあり、このような短絡的な「食育」という言葉の使い方には本当に頭にきました。お前ゴトキの口から「食育」なんぞという重要な言葉を聞きたくはないぞ、三条市長!
いや、興奮してはいけません。
ただ、こんなことを言いだす市長が出現したりするのは、古き良き日本はユートピアである、という最近になって多く耳にするようになってきた議論が基にある、とは考えられます。日本の伝統は太古の昔から続くもので、それに戻ることが、日本を良くすることだ、という議論。
しかし、歴史をキチンと勉強してみましょう。明治になってから作り上げられた新しい事柄が、太古の昔からの伝統であると勘違いされたり、何でもかんでも古い日本が良いのだ、という短絡的な議論が行われたり。歴史をキチンと勉強してみましょう。
和食は素晴らしいが、日本人の体力が向上したり平均年齢が伸びたり、子供の死亡率が激減したりしたのは、戦後の食生活改善が大きい、という紛れもない事実も、変わりません。そこに、牛乳乳製品が果たしてきた役割、特に、学校給食の中で果たしてきた役割は、とてつもなく大きく、その重要性は、食が氾濫する現代でも変わることはない、という事実。
感情的懐古趣味で、古い日本がすべて正しいと思い込み、科学的根拠や歴史的正当性もなく、物事を決定するのだけはやめて欲しいですよね。そこに「食育」という重要な概念を持ち込んで言い訳の材料にするなんぞ、論外。
いや、興奮してはいけません。
この、高校生たちの素晴らしい牛乳料理を前にして、大人の浅はかな考えが、実にバカバカしく思えてならず、こんなことを書いてしまいました。
それにしても、どれも、本当に、美味しかったです。本当に本当です。全部。これは点数つけるのは大変だ、審査員の皆さん。
この高校生たちの未来は、間違いなく明るいぞ!