高知県最古の石碑、金剛頂寺さん〔4206〕2014/10/21
2014年10月21日(火)晴れちょります
昨日のにっこりの表題を「ごきげんよう」などとしたもんですき、いよいよ最終回か、と思うた方もいらっしゃったかも知れません。紛らわしい題名で、申し訳ございませんでした。いやあ、あの、印象的な「ごきげんよう」のことを書きたかったもんですき。
さて。そんな訳で、今朝は室戸。朝一で用事があったので、早朝からやって来ました。
早めに着いたので、立ち寄って、お参りしてきました。四国霊場26番札所、金剛頂寺さん。地元では「西寺」と呼ばれ、親しまれてきた古刹。弘法大師が大同二年(807年)に建立した、とされる、まあ、とてつもなく由緒のある古刹。
境内には8000頭鯨供養碑や、捕鯨砲の世界一の砲手と謳われた泉井守一さんご寄進の「鯨供養釣鐘」があるので有名。早朝から、お四国をまわるお遍路さんが訪れております。本堂の少し下からは太平洋と室戸岬を睥睨でき、非常に美しい風景が見晴らせる西寺さん。
実は、その境内に、高知県内最古と思われる石碑が立つことは、知るヒトぞ知る、という事実。その、県内最古の石碑を拝むのが、今朝の目的。
その石碑は、本堂の横を通って奥に進んだ、谷間の池の畔に立っておりました。
専門家によりますれば、この石碑は板石塔婆。素人にはわかりませんが、この表面には、密教の金剛界曼荼羅に描かれる大日如来など五如来の梵字が刻まれちゅうそうです。で、その梵字の間に「嘉元三年八月十八日」と見えます。西暦にしますと1305年。今から709年前。これが、この石碑が高知県内最古のものである証拠。このことが判明したのは、昨年2013年春のこと。2010年に写し取った拓本を読み取り、確認したものにかありません。
この事実が判明するまで、県内最古の石碑は、同じく室戸市の佐喜浜経塚碑で、応長元年(1311年)とされちょったので、その記録を6年更新したもの。なるほど。
この事実からわかるように、古来、室戸は、ヒトが住み、栄えた場所でした。室戸岬の洞窟で、弘法大師が修行した、などというのも、室戸が、古くからの信仰の地であった証かも知れません。
静かな森の中、池の畔にたたずむ石。刻まれた梵字と年号。周辺の森には、様々な仏像があちこちに鎮座し、幽玄な雰囲気を醸し出しちょります。太古の昔からの、神聖な空間であることは、そこに身を置いてみると、よくわかります。
碑の表面には「武州日来□金剛仏子/生年六十六賢堤敬白」とも刻まれちゅうそうです。武州ですき、関東。そんな当時、関東とも深くかかわっておった、室戸の霊場。
室戸は、関西、紀伊半島、そして関東とも、海でつながっておったのでしょう。室戸は、海の交通によって外界と結びつき、栄えた都市であったのでしょうか。
密教寺院ということで、明治初年まで女人禁制であった古刹。
今朝は、多くの善男善女が訪れ、参拝をしておりました。