神々しい朝日と「垣」の話〔4110〕2014/07/17
2014年7月17日(木)晴れ!
良いお天気。南九州では梅雨明け。高知の梅雨明けも近いのでありましょうか。昨日の朝よりは湿度の低い、爽やかな夜明けとなりました。気温も2℃くらい低いにかありません。
昨日に引き続き野市、上岡八幡宮さん。5時半くらい。拝殿前に神々しい朝日が差し込んできましたので、思わず撮影してしまいました。樹々の間から差し込む黄金色の朝日。ここに、神は坐す。
右下に玉垣が見えます。玉垣は瑞垣とも言いまして、神社が現在のような姿になってくるに連れ、神のおわしますエリアと、現世との境界を示すものとしておかれるようになったにかありません。
元々は柴垣で、植物で境目としよったようですが、いつしかこのように石造りの玉垣、瑞垣が一般的になりました。
その内側が垣内で、何重にもにもなっちゅう場合、外側のものを荒垣と呼んだり、その内側を中垣と呼んだりで、それが姓になったヒトも多いことが類推できます。
「垣」と言えば、今朝の日経新聞の文化欄で、石垣島の「海垣(インカチ)」のことが書かれちょりました。かつて、石垣島の浅い海、イノーに置かれた定置漁具。浅海に高さ60cm〜90cmの石垣を半円形や正方形に築き、満潮時に入り込んだ魚が、潮が引いた際に閉じ込められるので、それを獲る、という、太平洋地域に広く分布する漁法。1970年代に姿を消しましたが、それを地元の人々で復元した、という話題が掲載されちょりました。
なるほど。海垣か。
海の石垣。石垣島の名前の由来と関係あるがやろうか、と思うて調べてみたら、石垣は「イシャナギラ」で、石が多いという意味の方言からきちゅう、とありました。島の周辺に石垣があったから、という理由ではないようだ。なるほど。
では「垣」という文字の本来の意味は。
と、言う訳で、尊敬する白川静先生の「字通」を繙いてみました。やはり、かきね、の意味。右側の「亘」は、元々の字形を見ると、渦巻きみたいになっちょります。白川静先生によりますれば、建物をめぐる形やそうです。それに土偏が付く訳で、建物をめぐる土塁、みたいな感じでしょうか。それがそもそもの「垣」。
城郭などに用いられた石垣は、元々は壁面の意味ではなく、周囲を固めるもの、といった意味合いであったのでしょうか。石の垣根。砦の周囲を囲む土塁を、石で補強して頑丈にしたものが石垣やったがかも知れません。それが、砦の土台部分の補強にも使われるようになり、城郭の石垣みたいになっていった、という歴史。なので、垣根の役割でもないのに「石垣」と呼んでおる、という訳でしょうか。なるほど。
神社の玉垣。瑞垣とも斎垣とも呼びます。「玉」も「瑞」も「斎」も、神聖な、とか美しい、とかいった意味があり、それが「垣」に付けられて、神域とそうでない世界との境界を彩るようになったという歴史。
神々しい朝日を眺めながらの、とりとめもない考察。今日も暑うなりそうです。