築地、波除稲荷神社、海幸橋から〔4005〕2014/04/03
2014年4月3日(木)東京は小雨
今朝は東京。昨日、神戸から新幹線で移動してきました。そして昨夜、日比谷の東京會舘で、坂東眞砂子さんを偲ぶ会が行われ、それに出席してきました。
ほとんどが出版社、作家といった交友関係の皆さん。強烈な個性で文壇を駆け抜けた坂東さんを、それぞれの思いをもって、熱く偲んでおりました。
会場は、坂東さんが直木賞を受賞した時に記者会見を行ったのと同じ会場。そこに坂東さんが居るかのような、そんな、こう言うてはなんですが、素敵な偲ぶ会となりました。
有名な作家の方も大勢お見えになっちょったようですが、小生、そちら方面に詳しゅうないので残念。今回の偲ぶ会のお世話をいただいた編集者の中瀬ゆかりさんや、吉田潮さんなどは、高知で、ご一緒させて頂いて大酒を飲んで大騒ぎをした楽しい思い出もあります。
何名かの方が、坂東さんとのことを、お話されました。東野圭吾さん、桐野夏生さん、佐藤優さんなどなどたくさん。改めて、坂東さんの凄さを思い知ったことでした。やはり、すごい作家でした。自分の思うことをそのままストレートに表現し、裏も表もない。こんな純粋な人が、この世に存在したというだけでも、生きて来て良かったと思わせてくれます。
以前にも書きましたが、小生は「手下」を自任しちょりました。高知へモンてきましたら、飲み会にご一緒し、それこそとことん飲み果てる。
昨日の皆さんのご挨拶でも、その個性溢れる、周囲を巻き込んで行くお人柄がよくわかりました。高知で坂東さんとビッシリ飲みよった連中で、「坂東会」というものを結成して定期的に飲もう、という話ができあがったのも、坂東さんのお人柄によるもの。
旧鏡村、樽の滝の山荘を買い取り、そこを改装して、高知での棲家としておられました。そこに、よく、高知の友人達が集まって宴会。イタリア仕込みの料理の腕前は素晴らしく、色んなものを食べさせて頂きました。卓球台が置いてあって、よく、卓球をしましたが、昨日の作家の皆さんのお話にも、よく、卓球に付き合わされた、という話題が出ておりましたね。
ストレートに思いを表現されながら、この上なくあたたかかった坂東さん。その目線は、常に弱者の方を向いておりました。人間が生きるとはどういうことか、その内面まで透視し、ありのままの姿を描きつづけた坂東さん。
夥しい作品群が、これからも、坂東さんの思いを後世に伝えていってくれます。
樽の滝の棲家は、また、坂東さんの設計によって新しくキレイになったと言います。本人は、そこで宴会をすることが叶いませんでした。ご家族の方が「眞砂子の家」として、関係者が利用できるような施設にしたい、とおっしゃっておられました。
早く、高知の「坂東会」で、その場所で大酒を飲み、騒ぎたいと思いよります。
坂東さんが最後の日々を過ごされたのは、築地の、聖路加国際病院でした。ここで奇跡的に回復し、小生も、院内を車椅子を押していっしょに散歩することができました。あの時も、朝、築地へ走ってきて色々食べた、という話をしたことでした。
今朝、雨の中を馬込から走ってきて築地で朝食。波除稲荷神社さんの横の海幸橋から聖路加国際病院を眺めました。