松山城下の広場〔3747〕2013/07/19
2013年7月19日(金)今日も暑いぞなもし
そんな訳で今朝は松山。昨日、業界の寄り合いがありまして、泊まっちょりました。で、今朝は松山城界隈。
競輪場とか野球場のあった場所、こんなにキレイになっちゅうがですね。しばらく、こっち方面から松山城に登ってなかったので、ビックリしました。実に広々とした公園。
いや、競輪場があった頃は、ごちゃごちゃしちょりました。かなり猥雑な雰囲気で、それはそれで好きでしたが、まあ、スッキリしたもんです。考えてみると、お城の下に、こんなに広いオオヤケのスペースがある、というのは素晴らしいですね。まだ、第1期整備が終わったところで、この北側の広大な場所で第2期整備が行われるみたいに書いちゃあります。
高知城のネキの広いスペースと言えば城西公園。あそこには、刑務所がありましたが、今は公園。使い勝手から言えば、こんな感じの広い緑のスペースにしても良かったですな。
正面の山の上に、松山城の天守。ご存知、現存12天守のひとつ。日本で現存する、藩政期の天守は全部で12。そのうち4つが、四国にあるがはご承知の通り。もちろん高知城も。この松山城、連立式で、なかなかデカイ。この広場の北側が三之丸ということですけんど、まあ、それも広い。高知城では、お殿様が執務した二之丸は、日の丸が立っちゅう、天守閣のしゅっと下の段の所やし、三之丸はその下の、お花見をしゆうスペース。
松山城の三之丸は山から下りた所の、お堀の内側の広大な場所ですし、二之丸はこれまた広い。写真正面、山裾から組まれた石垣の上に見えます。ここもまた近年キレイに整備されちょりますねえ。
と、まあ、松山は、なにかにつけて、高知より広い。街も広いし、繁華街も賑やか。人口が多いですきんねえ。
現在の高知県、人口は76万人。おう。減ってきた。全国で下から3番目。80万県民、と言いよった時代が懐かしい。愛媛県はと言うと、全国26位の143万人。ざっと倍近く。多いねえ。大正時代にはすでに100万人を越えちょった愛媛県。
人が住める広い場所が多いですきんねえ、高知に比べたら。
お城の下にできた広大なスペースを、そのまんま広場にしてしまう余裕。あんなものつくろう、こんな施設にしよう、ではなく、そのまんま広場にしてしまう。お堀の内側ということで、施設をつくったりするには制限があるがでしょうけんど。こうやって見てみると、何もない、芝生だけの広場もエイもんですな。こんな余裕が、羨ましくもあります。