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朝の米子駅、鳥取県の人口と高知と島根〔3536〕2012/12/20

朝の米子駅、鳥取県の人口と高知と島根

2012年12月20日(木)米子は晴れ

そういう訳で、今朝は米子。鳥取県の米子。結局、昨日は伯備線の特急やくもを米子で降り、レンタカーに飛び乗って目的地に向かいました。もちろんそのまま電車で向こうたよりも40分〜50分は、早うに到着しましたけんど、予定の時刻にはちょっと遅刻。大事には至らず良かった良かった。

天気は、冷たい雨。雪ではありませんでした。が、前日から昨日の昼までは結構雪が降ったようで、あちこち、かなり積もっちょります。
ですき、雪国用に、あたかも革靴のように見えるけんど、ズボンの裾をめくると実はクルブシの上まである長靴を穿いて行って良かったです。夜、街を歩くがにこじゃんと便利でした。心配ながは、今日、お昼までに高知に帰り、昼食を有名ホテルのレストランで食べながらでの打合せ。長靴であることがバレんことを祈ります。

写真は今朝、6時の米子駅前。6時台のやくもに乗って、お昼までに高知にいに着きたいきです。道路脇には雪。銀河鉄道999みたいに、空に向こうて駆け上がって行く汽車のオブジェが見えます。米子駅で一番目立つオブジェ。

ところで鳥取県、なかなか元気。が、人口は、47都道府県で一番少ないがはご承知の通り。平成23年10月1日現在で58万5千人。同じ日の、高知県の人口は75万8千人(おお、76万人も割り込んだか!)で、下から3番目。下から2番目はご承知の通り島根県で、71万2千人。

高知県民は80万県民、と言われた時代が長く、70万そちこちの島根よりはずっと多いと思いよったので、75万と71万という数値は結構衝撃的。島根の知人に「背中が見えて来た」と言われてしましました。まあ、人口が多けりゃあエイというもんでもないですけんどね、と開き直ってもしょうがない。

さて、人口が多かった時代で比較してみましょう。1995年。我が高知県には、81万6千人のヒトが住みよりました。島根県は77万1千人で、なんと、現在の高知県よりずっと多いではないか!
鳥取県は61万4千人。
調べてみて面白いのは、島根県、昔はエラい人口が多かったこと。何とですね、戦争が終わった1945年、昭和20年には、86万人という人口を抱えちょります。その時の高知県は77万5千人、鳥取県は56万3千人ですき、かなりのもんですね。
その年、島根県から順番に、少ない方に見てみると、同じく86万人の滋賀県、83万9千人の山梨県、83万5千人の徳島県、83万人の佐賀県、77万9千人の奈良県、77万5千人の我が高知、72万4千人の福井県、そして鳥取県。

おう。高知県は、当時は島根県より少なかったけんど、福井県が下におったので、やっぱし下から3番目。今は140万人の人口を抱える奈良県が高知と同じばあ、というがが笑えます。ちなみに1920年、大正期の奈良県は56万人で、67万人の高知よりもずっと少ない。当時、沖縄県も57万人で、高知より10万人も少なかったがが、今では140万人。

こうやって見てみると、人口動態は、地域性等によってかなりこじゃんと変わってくることがわかります。今、下から3番目というて、将来もそうとは限らん。人口紆余曲折、悲喜こもごも。
ちなみに1920年(大正9年)、一番少ないのはやっぱし鳥取県で45万4千人、その次がなんと奈良県で56万4千人、そして沖縄県57万1千人、山梨県58万3千人、福井県59万9千人、宮崎県65万1千人、徳島県67万人ときて、同じ67万人の高知県は下から8番目でした。なるほど。今は110万人を超える宮崎も、140万人の沖縄や奈良も、現在75万人台の高知より少なかった訳だ。

高知へイヌる汽車の中で、人口問題を考えながら、書きよります。


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