真覚寺日記とよさこい節〔3130〕2011/11/10
2011年11月10日(木)曇っちょります
ここははりまや橋の東。土佐橋界隈からはりまや橋方面を撮影してみました。この公園になっちゅう部分には、昭和40年代まで、堀川が流れよりました。高知パルプ廃液によってどぶ川と化しちょった堀川。そして埋め立てられました。
手 元に、松江市の堀川遊覧船の資料があります。以前にもご紹介しましたが、島根県松江市で、お城の周囲の堀川を遊覧船で巡れるようになっちょりまして、水の 都松江の大きな観光シンボルになっちゅうがです。それは、そんなに古い歴史ではなくて、平成8年に当時の市長が提唱、翌年からスタートしたもの。
そ れが始まった経緯は色々あるようですが、民間の動きとして、「昭和41~42年頃、堀川の水質悪化の対策協議が行われるなかで京橋川を一部埋め立てる道路 計画もあったが、住民の反対の声が高まり、一方市民の方々が、きれいな堀川を取り戻そう、という意識が高まり・・」と報告されちょります。それが、年間 30万人以上が利用する遊覧船につながったという訳です。考えさせられませんか?
さて、この向こうのはりまや橋ですが、何故、はりまや橋が有名になったのか、ほとんどの方が正確には知らずに観光しゆうと思います。純信お馬の物語を、わかりやすうに書いちょいてくれんですろうかね、この界隈に。
ところで明日で、あれから8ヶ月。いつもご紹介する、宇佐の真覚寺住職、静照さんの地震日記で、安政地震津波から8ヶ月目界隈のものを読みよりましたら、面白い記事がありました。
七月二日 晴れ
朝 7時ばあに小揺れ。こないだ、五台山脇寺の坊さんが、ある家の娘を連れ出して出奔、讃岐の金比羅さんの麓に泊まりゆう所へ、当国の役人が追いついて両人と 人足、合計3名召し捕ってきたそうぢゃ。しゅっと牢屋に入れられて、毎日吟見場へ出ゆうにかあらん。まっこと、諸宗一統の恥さらしで、世も末ぢゃのう。ほ んで、寺社を管轄する役所から、諸々の宗派の坊さん達に、くれぐれも戒めるようにとの文書が廻されたがよよ。
今日の暑さは昨日とおんなじばあで、たまらん。お昼前に小揺れ。夕方には、風も無うて、その暑さは甑の中に座ちゅうみたいな感じ。夜中過ぎに揺れ。中の小。
以上です。
そう。純信お馬のスキャンダルが発生、国中の坊さんに、キチンとしなさいという文書が廻った訳です。五台山を出奔したがが5月19日で、翌日には捕らえられちゅうので、それから一ヶ月ちょっと。なかなか大変な事件やったことがわかります。
以前にも書きましたが、この写真の向こうの小間物屋でかんざしを買うたがは、純信の弟子の慶全くん。お馬さんへのプレゼント。それが、店員の口から広まり、スキャンダルは始まったのでありました。
幕末の不穏な世相を、地震と津波が襲い、沈滞ムードが漂う中、このスキャンダルは庶民の興味を引きました。よさこい節に乗ってあっという間に広まっていったのでありました。