潮ハ山マデ〔3064〕2011/09/05
2011年9月5日(月)晴れ
良く晴れました。暑い一日になります。
今朝は、長浜に用事がござい ましてやって来ちょります。会社から、前浜、浜改田を通ってくるルート。浦戸湾の湾口に架かる浦戸大橋を渡り、長浜の方へ下ってきた所で撮影してみまし た。ご存知桂浜の龍王岬。龍王岬を、西側から眺めると、こんな美しい姿。いっつもは桂浜の浜辺と一緒に見る龍王岬ですが、反対からはこう。
昨年の大河ドラマ「龍馬伝」で、後半の頃のオープニングテーマの際、龍王岬を西から見たようなアングルに龍馬が立っちゅう絵がありましたよね。高知県人にとっては、あまり馴染みのないアングルでした。
さて、昨日の日曜日、高知ではあちこちで津波からの避難訓練が行われました。ここの近くには浦戸、長浜、御畳瀬(みませ)などなど、津波が襲うてくることが確実な海辺の集落がたくさんあります。浦戸大橋の向こう、種崎とかも甚大な被害が想定されます。
宝永大津波の記録、谷陵記を見てみます。
横浜 潮は山まで。
瀬戸 潮は山まで。
御畳瀬 亡所。 潮は山まで。ただし、家の三分の一は、家財の一部が残る。
浦戸 亡所。 潮は山まで。ただし、家の三分の一は、家財の一部が残る。勝浦浜も亡所。
長浜 潮は雪蹊寺の院内まで。西は日出野まで。又、民家にも流された家、夥し。
ここに出てくる勝浦浜は桂浜。この頃は勝浦浜でした。このように、海沿いの集落は、山裾まで津波に襲われ、壊滅的やったことがわかります。どうやって早く高い場所まで逃げるか。対策はそれに尽きる感があります。とにかく、海岸中、「潮ハ山マデ」ばっかしです。