文化年間の嶋内さん〔2513〕2010/03/03
2010年3月3日(水)晴れ!
心地良い朝。東風がエラい朝でした。ひまわり太郎は東向いての自転車通勤ですきに、正面から強風が吹くとなかなか進みません。会社に着いたら髪の毛が爆発しちょりました。
一昨日、いつもの上岡八幡宮正面の写真をご紹介しました。あの、拝殿に上る石段、あれは、1mくらいの長さに切って、手で彫って成形した石を組み合わせた手作りの石段。よく見ると、その石の中に、上岡や野市の氏子さんたちが寄進したことを刻んじゅうものがあります。
あの拝殿真下の石段には、それが文政14年であることが刻まれちょりますきに、この上岡八幡宮に現存しちゅうもののなかでもかなり古い部類になります。1817年ですきね。
そして、同じく拝殿下の石段に、ご覧の通り、人物名が刻まれちょりました。石段には「氏子中」と刻まれたものが多く、個人名が彫られちゅうがはこの方だけ。
しかも、ひまわり太郎が見る限り、この八幡さまの燈籠や鳥居や狛犬、石段などに刻まれた個人名の中では最古のものにかありません。
いや、拝殿前に独特の形の手水の石がありまして、それは年代が特定できちょりませんきに、ひょっとしたらそれが一番古いかも知れませんが、それが嘉永年間のものとしたら、やっぱしこの石が最古。嶋内さん。
この界隈には島内さんや嶋内さんがどっしこお住まいです、現在でも。昔から、ここの有力者に嶋内さんがいらっしゃったでしょう。たぶんこの嶋内さんも、現在この界隈にお住まいの嶋内さんか島内さんのご先祖様でしょう。名前は「五右馬」とかなんとか書いちゅう感じですけんど、よう判読しません。
こうやって、ご寄進の名前を見ると、何となくその時代にタイムスリップするような感覚に陥ります。こんな妄想癖は、世の中から退屈を抹殺してくれますきに、トクですよね。
いや、今日はかなり細かくマニアなにっこりですな。こんながも好きながです。失礼しました。