土佐橋界隈〔238〕2003/12/10
2003年12月10日(水)快晴でござる
今朝は、はりまや橋の少し東、歴史と伝統の料亭「得月楼(とくげつろう)」の前から「土佐橋」方面を撮影してみました。土佐橋は、藩政期には城下の物流を担った「堀川」に架けられた橋ですが、現在はこの下の堀川は埋め立てられ、欄干が残るのみになっちょります。この橋の南に、にっこりひまわり[191]でもご紹介した幕末の文人画家「河田小龍」の生家がありました。坂本龍馬に国際情勢を教えた人物ですね。その南には、海援隊士「長岡謙吉」の家もありました。
この土佐橋から東へ、旧の堀川跡の部分が高知市の土地なんですが、ここを高架の歩道にして一昨年できた文化私設「かるぽーと」につなげ、高架歩道の下を大型バスの駐車場にしようという計画を、高知市が推し進めてます。
以前にも書きましたが、ひまわり太郎の頭にある情緒的まちづくり計画では、やっぱしここは堀川を復活させ、土佐橋の下やこのすぐ西にあるはりまや橋の下を通して堀詰まで水流を通したいところですね。
櫓舟や屋形船で行き来できるようにし、その上で宴会もやりましょう。
はりまや橋がはりまや橋らしくなって、素敵ですよね?いかがでしょうか。