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城ヶ森から土佐の中原を望む〔2210〕2009/05/04

城ヶ森から土佐の中原を望む

2009年5月4日(月)曇っちょります

連休まっただ中。昨日の日曜日、日曜市やらひろめ市場やらは凄まじい人出やったみたいですね。ありゃあちょっと多過ぎでしょうな。はるばる高速を通ってやって来た皆さん、ホントにお疲れ様です。今度ゆっくり来て下さいね。

そんな喧噪とは無縁のひまわり太郎、今朝はとうから起き出して、旧鏡村界隈をたつくりまわってきました。まずはバスに乗って旧鏡村役場まで。そっから、いっつもとは逆ルート、毘沙後から針原、そして行川(なめがわ)へと走りました。

そして、初めて、行川から城ヶ森へと駆け上がってみました。エイですね、この山。

標高327mで、先っぽが尖っちょります。頂上の真下まで狭いながらも車道が通っちゅうがですね。この山、戦国末期に、土佐の中原を支配しょうとしちょった本山氏のお城があったので城ヶ森。初めて頂上に立ってみましたが、まあ、すごい見晴らしでした。土佐の中原が全部見えます。

本山氏の本拠は右端に写っちゅう山の朝倉城。本山方の鴻森出雲が本拠としちょったがが左端の尖った山、鴻ノ森。長宗我部元親軍は、そのしゅっと向こうまで攻め込んで来ちょりました。

この城ヶ森のてっぺんは直径10mにも足らん広さ。たぶんここにあったのは、この見晴らしの良さを利用した見張り台と、本山方の勢力に合図を送る烽火(のろし)台でしょう。簡単な砦やったと思います。元親軍に攻められた本山茂辰さん、朝倉城を焼き払うて一旦この城ヶ森界隈に退却。この界隈の本山方の勢力を糾合して反撃しょうとしましたが、それも無理で、こっから山越えに本山方面に退いていったのでありました。

この山に立つと、そんなドラマが手に取るように想像できます。すごいですね。

この山の西には「土佐の雪道」という碑が立っちょります。これは、藩政期、四国山脈の手箱山の氷室から高知の城下まで氷を運んだルート、「土佐の雪道」であったことを伝えるもの。氷りは、溶けんようにはよう運ばんといけません。で、こんな所を抜けて行くがが近道で早かったがでしょうね。


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