潮江天満宮、拝殿向かって左奥は母子牛の臥像〔2135〕2009/02/18
2009年2月18日(水)晴れ!
今日は高知。昨日、靖国神社の拝殿向かって左奥に鎮座する、不思議な鎮霊社をご紹介しました。色んな政治的意図が複雑にからみあう中の、不思議な立場のお社でした。
普通、神社の摂社、末社は、そんな政治的意図に関係なく、その神社への地域の皆さんの想いとかが集まって鎮座されちょります。が、天満宮のように、政治的な事件から、その怨霊を鎮めるような意味合いで創建されたお宮さんは多いですね。
ここはいつもの潮江天満宮。未明の、拝殿向かって左奥。
菅原道真公は牛にこぢゃんと縁が深いというお話はビッシリギッチリしちょりますね。生まれたのも亡くなったのも丑の日やったとか、牛に牛車をひかせて立止まった所を墓所にせよ、という遺言に従い、太宰府天満宮ができたとか、色んな牛にまつわるお話があります。太宰府へ左遷される際に、牛が泣いて見送ったとかいう話しもありますね。とにかく、牛をこぢゃんと可愛がって大切にしたがは間違い無いところでしょう。で、各地の天満宮には牛の臥像があるがですが、ここ潮江天満宮にも4頭の牛さんの臥像があるのであります。参道途中、飛龍梅のある場所の左右に1頭づつ、そして、ここ、拝殿向かって左の奥に、母子の牛の像がございます。赤い前掛けの像がそれ。
その左側には、「高視公之碑」と刻まれた大きな石碑があります。昭和8年に建てられた碑で、道真公の長男、土佐に左遷されちょった長男の菅原高視公が、道真公の遺品を祀ったがが潮江天満宮のはじまりとされることにちなんで建てられちょります。もちろん高視公も、ここ潮江天満宮のご祭神。
ところで、ひまわり太郎も牛乳屋さんですきに牛とは関係が深いがです。もちろん丑年生まれの年男ですし、誕生日の星座は牡牛座なのであります。