中村、香山寺から中村市街地を見晴らす〔2131〕2009/02/14
2009年2月14日(土)晴れ!暑い!
しかしまあ。今日は暑かったですな。夏です。湿度も結構あったので、歩くだけで汗が噴き出してくる陽気でございました。今日はそんな陽気の四万十市中村。ひまわり乳業中村工場がある中村へ、昨日の夕方から出張ながです。
で、ここへ出張で来ると、朝は四万十川ランがお約束ながですけんど、今朝はどうしても一度たつくってみたかったコースを走ってきました。地元で香山寺と呼ぶ山。市内から四万十川の赤鉄橋を渡り、川沿いに下って、その西側にある山。標高は221.5m。てっぺんに由緒ある香山寺というお寺さんがあり、公園になっちゅうらしいので、一回駆け上ってきたかったのであります。
で、今朝は思い切り駆け上がってきました。
気温が高いので、厚手のジャージしか持って行っちょらんかったひまわり太郎が、ボッタリショと汗をかいてしまいました。
けんど予想通り、この山から見る中村の街は絶景。いや、てっぺんに、大きな三重の塔があったので、香山寺の仏塔かと思いきや、ただの展望塔でした。が、そのてっぺんからは、周囲の樹木が大きゅうなっちょって町全体が見晴らせません。もったいないですな。樹木の手入れをせんといかんです。
頂上からちょっと下った所で、こぢゃんと見晴らしが良い所がありましたので、今日の写真はそこから撮影したもの。手前は近年急激に建物や店舗が増えた具同。その右に四万十川が流れ、その向こうが中村の市街地。真ん中のこんもりしたてっぺんに白い建物がある山が中村城跡がある山。
戦国末期、長宗我部元親さんは、この中村を本拠にした公家大名、一条氏と対峙します。で、当主一条兼定さんを追放、自分の弟をあの中村城に駐留させてこの界隈を支配下におさめました。豊後に追放されちょった一条兼定さんは、旧臣などを集めて勢力を盛り返し、四万十川西岸まで攻め返してきました。そして1575年、写真左端の小山、栗本城に布陣した一条兼定軍と、急遽岡豊から駆けつけてきた長宗我部元親軍が四万十川を挟んで対峙し、決戦が行われたのでありました。いわゆる「渡川合戦」ですな。その合戦の全貌を、ここから見晴らせる訳ですね。
結果は長宗我部軍の勝ちで、土佐一条家は再興されていくことはなかったのであります。
この香山寺の山のてっぺんには「世界の藤の里」というのがありまして、広い範囲に世界中の様々な種類の藤が植えられちょります。藤の季節に来たら、こりゃあキレイでしょうね。
一条氏の家紋は「下がり藤」で、藤にはこぢゃんと縁がありますきに、このてっぺんに藤の公園をこさえたがでしょうか。中村はやっぱし一条氏の街ながですね、今でも。