吉野越え、石垣〔1761〕2008/02/10
2008年2月10日(日)今日も晴れ!
昨日、大豊は雪でしたが、高知へモンて来たら晴れちょりました。四国山脈の山は深いです。大豊の山の上には、見事な棚田が広がっちょります。高知では檮原とかの棚田が有名ですが、大豊の棚田も負けちょりません。いや、怒田あたりの棚田はもっとすごいですよね。先人の努力というのは、ホントにすごいですね。頭が下がりまくります。こんな場所にどうやって、みたいな山の上に石垣を築き、田を作ってきた先人たち。山の上では、その棚田を維持していく労力もすごいもんやそうです。
場所によっては、毎年補修工事をせんといかん石垣もあり、ヒトが生活していくということへの山人の苦労、努力は想像を絶するものがありますね。
今日は、Jr.2号と一緒に、深谷から吉野へ歩いてきました。1月14日のにっこりでご紹介したコース。深谷とは、浦戸湾、孕の西側の谷。そこから谷筋を登ると吉野越えの往還になります。1月14日の写真の場所が峠。そこから西へ下ると吉野。南へ登ると鷲尾山で、北へ登ると土佐塾高校。
その、深谷から20分ちょっと登った峠の東下がこの写真です。この界隈まで、見事に石垣が築かれちょりまして、昔はここまで田畑やったことがわかります。今ではご覧のように杉林。ここでは何が作られよったがでしょうか。ここから北へ登った所に土佐塾高校の遊水池がありますが、その場所辺りに、茶畑があったというお話を何度も幾度もびっしりぎっちりしましたですよね。その茶畑も、キレイな石垣の上につくられちょりました。
今でも、このしゅっと下の段まで、柑橘とか葉物とかが作られよります。作りゆう方は結構お年を召しちゅう方ですけんど、ここまで山道を登ってきて作業をされゆうがです。大豊の山でも、ホントにご高齢の方が、我々からは想像もできんような山道を毎日毎日歩いて畑をやりよります。すごいもんです。この、ニッポンの高齢者の皆さんの力、バイタリティ、意思、根性、これは僕たち、認識を新たにせんといかんと、今日もまた思いました。