日章開拓農協、記念広場〔1702〕2007/12/13
2007年12月13日(木)曇ったり晴れたりですがぬくいです
今日はぬくいですな。大袈裟ぢゃのうて、汗ばむ陽気。ここは暑い日差しが降りそそぐ、高知空港のしゅっとそば。最近この周辺をかなりたつくりましたので、様々な旧跡や記念碑があることを知りました。その一部は、こないだうちからご紹介しちょりますね。
その中に、日章開拓農協の記念碑というのがありました。その記念碑とは別に、そこから西へちくと行った所にある「記念広場」というのをご紹介しましょう。
この碑は、旧秋田川の跡に流れる小さな水路脇にございます。広場みたいになっちょって、朽ちかけた小さな展望台みたいなのもありました。刻まれちゅうのは、「うさぎ追いし」で始まる「ふるさと」の歌詞と、この記念広場の由来。
「その昔ここを流れていた秋田川は地域の潤いであり 今もなおなつかしく望郷を呼ぶ 大東亜戦が終った後 旧飛行場跡地の開拓を実施してきた日章開拓農協は 総てを終り解散するに際し 南国市高知県の協賛を得てここに記念の広場を設けた 」と刻まれちょります。「総てを終り解散する」の文字が、目に痛いですね。
海軍の空港跡地を開拓し、農地を広げていくはずやった開拓農協。が、しかし、ここは民間空港となり、隣の広大な土地が高知大学農学部と国立高知高専になって、最後には空港拡張工事が決めてとなり、開拓農協は解散したのでありました。色んなドラマがあったようです。昭和60年に、この記念碑は建立されちょりますき、空港の拡張工事でジェット化された時期ですね。
この記念碑から北へしゅっとのクに、2軒の畜舎が見えます。これは酪農さんで、もちろんひまわり乳業へ出荷される生乳を生産してくれよります。その北に、空港の滑走路があります。