要法寺さん開門、桜井戸の水〔1288〕2006/10/25
2006年10月25日(水)今日も秋晴れ
心地の良い朝。秋の朝は空気がキレイに透き通っちょります。
今朝、いつものように鏡川から潮江天満宮方面をたつくりよりましたら、筆山の麓、要法寺(ようほうじ)さんの大門が開いちゅうがを発見しました。この門、普段の朝は閉じられちゅうので、ちょっと珍しい風景と思うて撮影してみました。
要法寺は、元々近江の国長浜にあったのが、功名が辻でご承知の通り長浜城主となった山内一豊さんの菩提寺となり、土佐まで一緒にやって来た日蓮宗のお寺さん。藩政期初期には要法寺町(現在の堺町西部)にあったのですが火事で焼失、その後この筆山の麓で再建されたのであります。
門に向うて左手に、なにやら青い表示板があります。「桜井戸の水」の説明をしちゅう表示板。土佐の三名水の一つ、「潮江の清水」が、この「桜井戸の水」。残りの二つは室戸の「岩佐の清水」と土佐清水の「清水の名水」。土佐清水市の名称由来はここから来ちゅうこと、知っちょりました?
さて、ここの桜井戸の水は、元々古い桜の木が朽ちて外側だけが残って井戸枠のようになり、その底から湧き出た水やったそうです。現在の井戸は、この境内の奥の池の畔に、美しい景色の中で鎮座しちゅうそうですきに、紅葉の頃見に行ってみますね。
こないだ、功名が辻 県推進協議会のフトドキモノ(本物を見つめず、イベントで客を呼ぼうとする輩)によって、その一部を紛失させられた、土佐藩士作成の超一級資料「皆山集」に、この桜井戸の水のことが書いちゃあります。
「又古桜巨樹あり、樹下名水出ず、桜の清水と称す、藩主山内容堂常々茶水とす、流末ハ境内池ニ注ぎ、稚松叢生し又古松の長く空ニ聳へて甚た雅到ニ富む、文人墨客往々寺僧を訪て其景勝を賞す」
ふむ。そんな訳で、この表示板によると、この清水が茶道界では、「武州 玉川上水(将軍家御用水)」「大和 醒が井の水(千利休茶用水)」と並んで、日本三名水の一つに数えられる、ときたもんだ。各地に三名水数有れど、「日本三名水」というとこの水のことを言うのでありますな。