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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

立志社、立志学舎、東九反田公園の朝〔7299〕2023/04/10

立志社、立志学舎、東九反田公園の朝

2023年4月10日(月)晴れ

昨日の日曜日、どこもかしこもなかなかの人出で賑わってました。コロナはもう、済んだかな?済んだらいいね。

で、4月10日の月曜日。こないだ7日(金)に入学式とか始業式とかでしたので、今日から授業開始、という感じでしょうか。新入生の皆さん、ドキドキしながらの最初の授業かも知れません。うーん、思い出すねー。半世紀以上前のことやけど、あのドキドキ感、覚えてます。

 

新入生といえば。

1874年4月10日、帯屋町で立志社が発会し、ここ九反田の開成館跡地に立志学舎がつくられました。今から149年前のこと。征韓論に敗れて下野した土佐の元勲たち。まず、片岡健吉らが帰高して、失業士族の救済やらその子弟の教育機関設立の準備をする。で、片岡健吉の幼馴染で明治政府の参議を辞した板垣退助が高知へ戻り、合流してつくったのが立志社。そして立志学舎。

立志社初代社長は片岡健吉さん。明治維新、戊辰戦争をくぐりぬけてきた若者達が、新しい時代の中で、新しい世の中を模索し、新しい世界をつくり上げていこうとしていた時代。

立志社も立志学舎も、そんな熱い滾りの中で生まれ、そして、新時代に向けた役割を担いつつ、次の時代へとバトンを渡して行ったのでした。

 

立志社、そして立志学舎で伝えられた想いは、自由民権運動に結実していき、明治の政治運動にひとつの重要な潮流をつくりだしたのは、ご承知の通り。

その立志社設立が、今から149年前の、今日。来年で150年。149年前、この地で立志学舎に入学し、学んだ若者はどんな志を立てていたんだろう。今は、東九反田公園となり、地区住民の憩いの場になっているけど、幕末から明治にかけて、土佐にとってはかなり重要な場所でした。

 

そもそも慶応二年、ここにつくられたのが開成館。殖産興業、富国強兵、西洋科学技術導入の総合施設として土佐藩によってつくられた、開成館。開成館解散のあと、その業務をうまく引き継ぎ、商才を発揮したのが岩崎弥太郎でありました。

開成館の後、ここは迎賓館「寅賓館」となる。西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允を迎えて板垣退助らと、御親兵献上についてなどの重要な会談が行われた、寅賓館。

そして明治7年。1874年、ここに立志学舎ができたのでした。そして明治15年、立志学舎の跡に、山内家の私学海南学校が創建された、という歴史。

 

このなんでもない住宅地の公園は、かつて、高知城下の海運の表玄関に面した重要な場所であり、様々なドラマが繰り広げられた土地でもありました。

149年前の今日、立志社が設立され、ここに創建されたのが、立志学舎。


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