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市場の灯り〔5656〕2018/10/10

市場の灯り

2018年10月10日(水)薄曇り

今日は水曜日。卸売市場は、水曜日が休みになること、多い。ですが、今日の高知市中央卸売市場は開市してます。早朝からこんなに明るくて活気がある場所は、市場しかないですな。

新青柳橋の東詰から弘化台方面を撮影してみました。4時過ぎの、市場。

弘化台に卸売市場が移設してきたのが昭和42年のこと。取扱量は減ってきても、やはり、市場は市場。市場の賑わいは、街にとってとても重要だと思います。

 

で、築地と豊洲。

築地が先週末で市場としての役割を終え、いよいよ明日から豊洲で新市場の運営が始まる。関係者の皆さん、ご苦労様です。

で、豊洲の新市場については、実需者の声が反映されていない、などといった苦情が寄せられてます。僕は素人なのでわからんけど、やり方、配置が変わるということは、関係者にとってはとても心配なことなのでありますね。

 

一番心配されて居るのが、導線。

そう。豊洲では、問屋と仲卸の配置が道路によって分断されてます。地下道でつながっているとは言え、その間を、あの市場独特の乗り物「ターレー」が往来するのは、坂道もあって大変なのではないか、とも言われてますね。また、築地では、荷受、問屋、そして仲卸が連続しており、境目が長い年月の間に溶け合って、独特の流通の仕組みや取引ができあがっていたと、言う。それが、この分断でなくなってしまうという危惧。築地独特の流通文化が継承できるのかどうなのかが、関係者の心配なんですね。

一大事業なので、専門家の皆さんが頭を付き合わせ、知恵を絞って設計しただろうから、色々と考えがあってのことだとは、思います。実際に運用を始めて見たら、これで良かったではないか、となるのかも知れない。そうなったら良いけどね。

 

そうそう。

水産市場の場合、船による荷受、というのも、ある。もう少なくなったかも知れんけど。高知市の場合、九反田に卸売市場があった時は、堀川をたくさんの船が往来し、市場で荷物を降ろしたりしていました。堀川では狭い、ということも、弘化台に市場が移ったひとつの理由だったと思います。弘化台では、あの向こう側、市場の西側に岸壁があって、そこで船からの荷受ができるようになってます。昭和50年頃の航空写真を見ると、接岸した船が見えます。

築地はどうか。

築地では、隅田川沿いに、荷受用の岸壁がしつらえられてます。この写真は、僕が生まれた頃。豊洲には巨大なガス会社の工場が見えますな。

 

ちなみに終戦直後の航空写真には、豊洲、ありません。埋立地が存在しない。戦前、昭和11年頃の航空写真で見ると、こう。でも、築地は、その頃には既に存在し、今とかわらない、導線を考え抜かれた美しい姿が印象的。

鉄道と船による荷受。そして問屋と仲卸、小売の連続性。美しいフォルム。

 

で、調べてみました。豊洲の、船による荷受はどうなっているのか。

もうね。そもそもね。船による荷受はほとんど想定されていないのだ。いや、無視している訳ではない。荷受は、問屋、つまり卸売棟の方で、受けるのが順番。ところが、豊洲では、岸壁が仲卸棟側に、ある。そこで荷下ろしした水産物は、仲卸棟を迂回して卸売棟の方へ運ばれ、そこから仲卸へと戻っていくんだって。

何故、そんなことになったのか。

 

岸壁になっている、東京の街側、つまり北側、つまり仲卸棟側は、景観ゾーンとして整備したいので、高層建築はやめておきたい。卸売機能は重層、高層化が避けられず、景観を損なうので南側、街と反対側にすることにしたんだって。最初は、北側に卸売棟が立ち、南に仲卸棟だったのを、景観重視で変更したんだって。なるほどね。

 

まあ、スムーズに運用が始まるのを祈るばかりなり。

築地に一般客や観光客が押し寄せるのは、行き届いたおもてなし施設があるからではなく、市場の息遣いが聞こえるような臨場感と、市場で働く人たちが食べるおいしいものがたくさんあるから。まずは、メインである「機能」を充実させる。その機能美に、人が魅せられ、集まってくる。

そんな、順番。


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