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小劇もあった、風にころがる映画もあった〔5628〕2018/09/12

小劇もあった、風にころがる映画もあった

2018年9月12日(水)薄曇り

昔、ここに映画館があった。

昔と言うても、ほんの5年前まで。2013年3月末で閉館になった、小劇。独立系ピンク映画館、小劇は、世の中の流れの中で消えていきました。

在りし日の小劇は、こんな感じ。閉館直後の小劇は、これ。昭和は遠くなりにけり、だ。

 

で、小劇がなくなってコインパーキングになったお陰で陽の目を見ることになったのが、駐車場の向こうの洒落た3階建てビル。なんとなく小洒落たデザインが目を引きます。あのビルは、ここが駐車場になる前は、古い外観の目立たないビルでした。電車通りから路地を入っていった先にあります。

あのビル、以前にも書いたけど、市内中心部で唯一、戦争を体験したビルとされてます。

太平洋戦争前から立つ、あのビル。戦時中は、空襲に備えて窓に鉄板が貼られていたとか。そのお陰で、昭和20年7月4日の高知大空襲でも焼け残った、ビル。一面焼け野原の中に、一棟、焼け残ったビル。そのビルは、ピンク映画館の裏手で目立たず、何をも主張せず、昭和平成を生き抜いてきたのでありました。

僕の5歳上の姉は、子供の頃、あのビルにあった絵画教室に通っていた、と聞きました。なんとなく文化の香りが漂いますもんね、今でも。ピンク映画館の裏手ですが。

 

昭和の南海地震が発生したのは昭和21年12月21日未明。終戦から1年ちょっと。大空襲から1年半。なので、まだ高知の市街地は焼け野原状態で、地震によって倒壊するような建物が少なかった、とは、母の話。焼けて廃墟になっていたビルが、その地震で完全に倒壊した、とも聞きます。その廃墟に住み着いていた浮浪家族はどうなったんでしょうか。

 

小劇。僕らが子供の頃、映画は娯楽の殿堂でした。あちこちにあった映画館。ディズニー映画の封切りで、土電会館の階段を並んだのは、僕らの世代に忘れられない記憶。小学校でも、よく、体育館で教育映画みたいなの、上映してました。してましたよね。

椎名誠の本に「風にころがる映画もあった」というのがありました。野外にスクリーンを張って観る映画のこと。

子供の頃、父が高知街の防犯協議会かなにかの役員をしていて、年に一度、中央公園でイベントやってました。防犯の啓発イベント。昔の、植え込みや噴水があった中央公園ね。で、公園内にスクリーンを張って、防犯の映画を上映する訳だ。毎年、その設営かれこれを手伝わされてました。風にころがる映画には、僕も関わっていたのであります。

 

この、変哲も無い風景には、昭和が詰まっている。独立系ピンク映画館。空襲や南海地震を耐えて生き残ってきたビル。

映画館が消え、郊外ショッピングセンターに客足を奪われた中心商店街に、再び面白い映画を上映する映画館ができ、帯屋町を歩く人が増え始める。街中に新しい人の流れが生まれ、新しい文化発信拠点ができていく。昭和、平成。そのつぎはどんな世の中になっていくのか楽しみ。

時代の遷り変わりを見てきたあのビル。これからもすうっとずうっと見つめていって欲しいもんです。


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