知らなかったこと〔5581〕2018/07/27
2018年7月27日(金)曇り
昨日の最高気温は33.9℃。涼しく感じる気温だ。
今朝の最低気温は26℃。涼しい朝だ。
という感じになってきた。昨夜は雨が降りましたもんね、高知市内。そう。雨が降った。傘を持って出勤してきてみると、南国市香南市の地面は濡れてません。そうか。こっちは降っていないのか。ほんの十数キロ離れただけで、随分と天気も違ってくるもんです。ここ、野市の上岡八幡宮さん境内も濡れておりませんでした。
参道入口の鳥居。狛犬。クロガネモチ。クスノキ。そして石灯籠。左端が、火袋がなくなった石灯籠で、向こうのクスノキの脇に、昨日撮影した、火袋が残る石灯籠。クロガネモチの右手にも石灯籠らしきものが写ってますが、石灯籠とすれば、これも火袋がない。かつては火袋があったと考える方が順当だ。
そんな視点で、この八幡様の境内を見てみました。
この境内には、他にも石灯籠、あります。
ここから参道を進むと、手水舎の脇の斜面にひとつ。火袋は、ない。更に進むと、左側に三つ。全部、火袋、ありません。右手にも石灯籠であったらしきオブジェがあって、もちろん火袋、なし。
石段を上がって拝殿前。そこには、両脇に一基づつ石灯籠。火袋、なし。
そうそう。この写真の左端、桜の木の向こう側にもひとつ、火袋のない石灯籠が立っている。
合計10基を超える石灯籠が存在する八幡様境内ですが、なんと、火袋が残っているのは、昨日ご紹介したあの一基のみ、ということになる訳だ。
拝殿前の大きな石灯籠など、あの姿が本来の姿であると思い込んで今まで長年過ごしてきたのに、実は、火袋が欠けてしまっている姿だったのか。
そう気付いて今一度風景を見直してみました。
火袋が完備されている石灯籠を想像し、その風景と現実の風景を比べてみる。
火袋があった頃の上岡八幡宮さんの風景を想像すると、今よりも豪華な、人間の営みが感じられる風景に思えました。
芝に覆われた土俵が、ちゃんとした土俵であった頃の話。
知らなかった。
当たり前と思っていたのに、そこには全然知らなかったことが隠れている。そんなこと、この世の中にはとても多いんだということを自覚せんといけませんね。仕事でも、そう。当たり前の仕事の中に潜んでいる、知らないこと。そういったものを炙り出すのも、僕らの仕事だと思います。
火袋がひとつしか残っていない、上岡八幡宮の石灯籠。
元々は火袋があったものだと知って、この、いつもの風景が、なんとなく違う風景に見えてきたではありませんか。最初っからこうだ、と思っているのと、これは火袋が欠けた風景だ、と思うのとでは、風景が全然違う。
「知る」ということは、新しい風景をそこに見る、ということかも知れません。
だから僕らは「知る」ことが好きなのか。「知る」と、新しい風景が見え、世の中が広がってゆくから。
仕事、業務の中にも、知らないことがまだまだ潜んでいます。
さあ。今日も、その、知らないことを見つけに行こう。