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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

そうだ京都、行こう〔5429〕2018/02/25

そうだ京都、行こう

2018年2月25日(日)京都どすえ

そんな訳で、今朝も関西。京都。

京都で思い出すのは「そうだ京都、行こう」というJR東海のキャンペーン。調べてみると、1993年に始まったというキャンペーンで、いまだに続いているというのが、すごい。なんと、25年。四半世紀続く商業的キャンペーンというのは、なかなか無いのではないか。あまりにもインパクトが強いので、2016年からの新シリーズ「そうだ、京都は、今だ」の影の薄いこと薄いこと。二番煎じ感満載だし。

1993年、平安建京都1200年記念事業に合わせて始まった「そうだ京都、行こう」。1994年が、鳴くよウグイス平安京の794年から1200年になる、という訳だ。

隋唐の模倣をし、グローバル国家の仲間入りをしたい、という為政者の強い思いと、新しいテクノロジーや文化の導入による経済発展とが相俟って、藤原京とか長岡京とかが建設される。日本の風土に適合していたのかどうなのか、というのは別にして、人工的都市計画と土木事業としては、なかなかのものであった。ナント美しい平城京で、710年に平城京ができて、一応の体裁はグローバル標準となり、少しだけ安定する。

それまでの都は、その存立期間が短い短い。藤原京は16年間。

そうそう。藤原京遷都は694年だから、平安遷都の丁度100年前。つまり、平安建都1200年は、藤原建都1300年でもあった訳だ。どうでも良いけど。藤原京は16年でしたが、平安の都は1100年近く日本の都となった訳で、京都の存在感は半端ではない。

 

なぜ、京都は、そんな長期間都であることができたのか。

逆に言うと、なぜ、他の都は短命であったのか。

一番人工に膾炙される理由としては衛生問題。下水道が完備していない時代、その上水道と排水は非常に大きな都市問題でありました。

平安の都は、そういう都市インフラ整備の条件面で、他の都に比して優れていた、と言えるようだ。今でこそ、狭い道路に人がひしめいているイメージが強い京都だけども、その広さと、全てを洗い流す水の流れは、都市建設の条件に適合するものであったと言われてます。

1,000年以上都をやってますと、たしかに幾度も戦乱や災害で焼けたとは言え、その文化とかの蓄積は、すごい。

だから、人が多くて嫌だね~、と言いながらも、多くの人を惹きつける。京都が持つ時間軸の雄大さと、そこに溜まったものの多さ、深さ。

 

そうそう。今、「えんぴつで方丈記」というのを毎朝やってます。

方丈記が書かれたお手本を、えんぴつでなぞるだけ。これね。集中力が高まって、また、心が落ち着いて、良い。なんか、字も、少しマシになってきた気もするし。気もするし。気もするし。

方丈記の内容も、深く心に沁み入ってくる。平安末期、福原遷都に誰しもが不満を抱き、京都から移ることに不満を膨らませる風景の描写も絶妙だ。福原遷都については、清盛は遷都するという意識はなかったのだ、とか、色んな説があるようだけど、方丈記にははっきり都を遷すと書いてますね。

清盛は清盛なりにグローバルな思いを抱いていたのかも知れません。

 

京都は、やはり、日本の中では特別な街なんだろうと思う。今もその感覚は日本人には色濃く残っていて、だから、「そうだ京都、行こう」なのだ。


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