お祭りと、神〔5330〕2017/11/18
2017年11月18日(土)雨
毎年11月18日19日は、潮江天満宮の秋祭り。で、天満宮の氏子さんが住むエリアを、お神輿が通ります。このようにトラック二台の荷台に積み込まれたお神輿。二台の荷台ね。二台の荷台。
いつもは本殿奥に鎮座まします御神体もお神輿に乗って町内を巡回するという、年に一度の秋祭りだ。
あいにくの、雨。ですが、早朝から神官さんや氏子さんが集まって準備に余念がありません。朝4時過ぎの潮江天満宮。いつもならまだ拝殿の扉も閉まり、静かな静かな天神様も、今日は朝から明かりが煌々。
神様のお祭り。
これが、日本のお祭りのスタンダードな姿。昔から祭りは神とともに、あった。神に捧げる舞、相撲、音楽、芝居、などなど。神に見せるために練習し、それを披露するハレの舞台がお祭りだ。
今も、このように、神とともにあるお祭りが、日本中どこにいっても存在します。神とともにある、お祭り。
で、厳粛で静かなものかというと、そうではない。せっかく神様に捧げるんだから、自分たちも楽しまんとね、という雰囲気まんまんのお祭りが日本中に広がってます。それはそれで、正しいことだと思う。
このような神社の秋祭りとか輪抜けさまとかは、まさしく、神社のお祭りで神様と不可分。以前に行った仁淀村の秋葉祭に代表されるような、各地で行なわれている様々な伝統的お祭りも、神とともにある。
もっと大きい、例えば祇園祭とかも、そうだ。
有名な岸和田のだんじりも、神社の祭礼に奉納する山車が猛スピードで駆け抜けるもので、神とともにある祭。あそこまでいくと、もう、神様とかなんとかを意識してないかも知れんけどね。やって楽しんでいる連中は。山車のF1、岸和田だんじり。
それはそれで、正しいと思う。人が楽しまないと、神も楽しくない。
では、阿波踊りは。
阿波踊りは、言うてみれば巨大盆踊り。盆踊りは盂蘭盆の踊りで、亡くなった方を供養する踊りに始まるので、やはり神とともにある。あるけど、少し独立感も、ある。というのは、その起源が少し違うから。
言い伝えでは、蜂須賀家政が、天正年間に徳島城が完成したのを祝って、住民に好きに踊れというお触れを出したことに始まる、とある。それならば、もはや、神とは独立した、人間としての本来的舞踏欲求に基づくもの、と言えるのかも知れません。
ここに至って、神の存在と少し離れたお祭りが現れる。
幕末に流行した「ええじゃないか」とか、土佐の「のえくり」とかも、もう、神に捧げるものではなくて人間の根源的欲求の発露だ。そして徐々に、その系統のお祭りが増えてくる。
本来神とともにあったお祭りも、徐々にそんな感じに変化してゆく。
そして、よさこい祭り。
完全に神とは独立した、人が楽しむということを極限まで追求したお祭り、よさこい祭り。宗教はまったく関係なく、神も介在せず、純粋に人が楽しむお祭り。
そういう風に考えると、飲食ブースがたくさん並ぶイベントも、元々、神社のお祭り、縁日の露店であったものが、神様成分が薄れてきて独立したものと言えるのか。言えると思う。
こないだの「土佐の豊穣祭」は、土佐らしい飲食を楽しみ、観光客も増やそうというイベントだ。
それはそれで、正しいと思う。
祭りの形態は様々に展開し、神ととものあるもの、神とともにあるけど少し独立したもの、神の存在とは完全に独立したもの、などなどが日本中で展開していく。いや、世界中か。
今日は、お昼から晴れます。
中央公園では、地元のスーパーマーケットが主催する「サニーフェスタ」が今日明日開催。弊社もブース出展してますので、ご来店くださいね!
これはこれで、とても正しい。
お祭りの、様々な形態。