市民の図書館〔5247〕2017/08/27
2017年8月27日(日)晴れ
風が、涼しい。昨夜は早々に扇風機を止め、自然の風を身体に受けながら寝ました。気持ちよかった~。そんな季節になってきた、高知市内。
ここは高知市民図書館。県市合築の巨大な図書館ができるまで、高知市民図書館は、このプレハブで仮営業してます。左端に見えるのはひろめ市場、右端が建設中の図書館「オーテピア」だ。歩道には日曜市のテントも見える。
こうやって撮影しただけで、語り尽くせないような、たくさんの高知の歴史や思いが写り込んでますな。もちろん僕の思い出も含め。さあ。どっから話そうか。
まずはソテツ。
正面の、仮図書館玄関前のソテツ。あれは、この場所に2013年まであった高知市立追手前小学校のグランド脇にあったもの。2011年の区民運動会の写真の、右端に写ってます。
あのソテツは、昭和20年7月4日の高知大空襲で、追手前小学校(当時第三国民学校)が全焼した際にも生き残ったソテツ。僕らが追手前小学校に通っていたころは、少し場所が違うけど、ありました。校歌にも「残るソテツのたくましく」と歌われた、ソテツ。生命力と平和のシンボルとして、オーテピアまで引き継がれる。
その左の桜、仙台屋桜。センダイヤ。牧野博士が命名した桜も、追手前小学校の西門も南にあったもの。
そして、「市民の図書館」。
仮図書館のこっち、ソテツの手前に「市民の図書館」と刻まれた石がある。そう。この名称「市民の図書館」に込められた思いは、オーテピアができても、僕らは語り継ぎ、引き継いでいかなくてはならない。
高知市に市立の図書館ができたのは昭和24年。昭和22年に創立された市議会の図書館を引き継いだもの。その図書館で、昭和27年に25歳の若さで館長になられたのが渡辺進さん。それから19年間、館長をつとめる。
この市立の図書館を創るのに尽力したのが、市議会議長の中島龍吉さんで、中島さんや渡辺館長の思いが、あの、「市民の図書館」の石に刻み込まれているのだ。
まだ、書籍が貴重で、一般には貸し出しが行われていなかった時代、全国に先駆けて高知の市立図書館は一般貸し出しを始める。そして、図書館は市民のもの、市民共有の特別な財産である、という立場を鮮明にするのである。だから、「市立図書館」ではなくて「市民図書館」。市民の、図書館。全国に市立図書館は星の数あれど、市民図書館は、ほとんどない。「市民の図書館」は、渡辺さんたちの心の叫びかも知れない。
中島議長は、筆山を山内家から買い取って公園とし、「市民の山」と呼ぼうと提唱した人物。図書館も、市民の図書館だ。
その高知市民図書館は、渡辺館長の時代に、移動図書館や労働文庫、林間学校の開催などなど、先駆的な取り組みを次々と打ち出し、実行した。高知にも、そんな時代があったんだね。
旧高知市民図書館前にあった、あの「市民の図書館」の石は、今、ここに移設され、県市合築図書館「オーテピア」が完成しても、どこかに残されるだろう。石だけではなく、その渡辺さんたちの思いも、ぜひ、残していって欲しい。
2011年頃、図書館合築問題の検討委員会をやっていた頃、渡辺進さんとお会いする機会がありました。図書館への思いを、滔々と述べられる姿を、今もはっきりと覚えています。強烈な「思い」。残念ながら2014年に88歳でお亡くなりになりました。
渡辺館長の思いは、僕らが、しっかりと伝えていかなくてはならない。全国をリードした高知市民図書館の文脈を、オーテピアに引き継いでいくのは、義務。