市場の妄想〔4743〕2016/04/10
2016年4月10日(日)薄曇り
今日は高知。昨日の最終便でモンて来ました。
実は、一昨日の夜は、築地の市場関係者の方と飲んでおりました。やはり話題になるのは豊洲移転。東京都中央卸売市場築地市場が豊洲へ移転するのは、今年の11月。もう、豊洲には、新しい施設がかなり出来上がってきておるようです。
この完成により、流通の世界は、かなり変わりそう。そんな話でした。
今回の移転で、我々のような業界にも関係するんですが、コールドチェーンのレベルが飛躍的に向上する。これは大きい。
今の築地市場は、それはそれで風情がありますが、温度管理や衛生状況で言えば、かなり不安がある。これはもう、行ってみたらわかりますよね。
商品は、冷蔵商品でも野ざらしになっておったり、誰でも入れるような場所に食品が積み上げられておったり。
古き良き時代を彷彿とさせる、活気のある姿ではありますが、実際に食品の扱い、ということで言えば、苦しい。
そんな訳で、青果物などは、施設が比較的新しいということで魅力のあった大田市場が利用されたりしてきた経緯があります。
そんな事情が、豊洲で一変する。
トラックが、そのまま冷蔵の閉鎖エリアに入って荷物の積み下ろしをする。区画は整理され、大量のモノを迅速安全に取り扱得るようになる。
比較的施設が新しいということで利用されていた大田市場の利用価値がなくなってしまう。衛生管理上の問題で、敢えて築地を使っていなかった流通が、豊洲を使うようになる、などなどのことが予想されるそうだ。確かに、かなり魅力的。
その新しい豊洲の機能を見据え、積極的に場所取りなどで投資できた企業が、かなりの優位性を持てるようになる。この辺の、変化を読む力が問われている、と、業界関係者さんは語っておられました。
市場を通した流通。近年は、系統出荷でないものが増えたり、市場を敢えて通さない物流を組んだり、という流通が増えてきました。
写真は、今朝の弘化台。日曜日なんで、市場はお休みで、静かな静かな弘化台。
この写真にあるように、高知市中央卸売市場。しかし、取扱量が基準を満たさなくなった水産物の方は、いつしか、高知市公設水産地方卸売市場、という地方市場になってしまった。
流通は、どんどんと変化する。
ここに、九反田から中央卸売市場が移転してきたのは昭和42年だ。それから来年で50年。こんな変化になるとは、50年前には予想しちょらんかったでしょう。弘化台も、新しい流通を担う機能を考えていく時期にきちょります。商業施設や、海を利用した賑やかしがあっても良いのかも知れません。
豊洲は、日本の新しい流通の仕組みを担うことになる。どんなになるのかはわかりませんが、我々にも関係することなので、注視していきたいですね。
築地の場外は、「築地魚河岸」というのができて、鮮魚の仕入れもできるようになるそうです。それによって、場外の、飲食店などの諸々の施設や商店も、営業を続けられるようにする、ということ。
で、場内の方は、豊洲移転後どうなるか。
それは、まだ、決まってないそうです。地元は、賑やかな商業施設を期待しちゅうようですな。
そこで妄想。
築地は、昔、国鉄の汐留車庫から引込み線が引かれちょりました。地理院地図をご覧ください。
これで、築地界隈を拡大表示。左上の「情報」から、空中写真をクリックすると、現在の空中写真だけではなくて、過去の、年代ごとの空中写真が見れます。汐留の再開発が最近であったことが、この変遷でよくわかる。で、1960年頃の写真と現在の写真を見比べると、当時の引込み線の痕跡が、現在も残っちゅうことがわかりますよね。
築地市場の、あの扇形の部分は、貨物のプラットホームであった訳だ。建設当時の、物流最先端を狙った計画が理解できる。
汐留駅から、電通の巨大ビルの北側を回り込み、現在も小さな道路として残る旧線跡を通ってプラットホーム跡へ。ここに、昔のように鉄道を走らせる。東側には桟橋も作る。小さな鉄道。直結する船の桟橋。
あとは、商業施設だろうがスポーツ施設だろうが、文化施設だろうが、なんでもかまん。
その鉄道と船に乗ってみたいだけ。