光化学スモッグと奉献の幟旗〔2285〕2009/07/18
2009年7月18日(土)曇りのち晴れ
しかしまあ、今日の午後からのこの暑さはすごいですな。朝の内は曇っちょりまして、蒸し暑い雰囲気マンマンでございましたが、お昼頃からお日様が強烈に活躍を始め、こぢゃんと暑い午後になりました。
「今日は何の日」によりますと、39年前、1970年の今日7月18日、東京の杉並で、光化学スモッグが発生したそうです。懐かしいです。
あの年の夏休み、ひまわり太郎は、徳島県三好郡三好町昼間というところに居りました。今は町村合併で三好市でしょうか。そこに、親戚の家がありまして、夏休みとか春休みとか、長期の休みのときは必ず、泊まりに行きよったがです。
それも長期で。最低1週間、長いときは3週間くらい、その親戚んちで泊まりよりました。ちょっとだけ年上の従兄弟が居り、近くにはキレイな川が流れ、四国山脈の大自然を満喫できる環境は、素晴らしかったです。
で、光化学スモッグのニュースは、その家で見ました。鮮烈に覚えちょります。NHKのニュースのアナウンサーが、「東京で光化学(ひかりかがく)スモッグが発生しました」と、しゃべっておったのです。そう。これは「こうかがくスモッグ」という読み方であることは今では当たり前ですけんど、その時の夏休みは、まだ誰も知らない新しい単語として突如現れたがです、こうかがくスモッグ。そのひかりかがくスモッグの印象が強烈で、今でも覚えちゅうがです。シワイですな。
ここは今朝の野市、上岡八幡宮。丁度今、各所の神社で夏祭りがおこなわれゆうみたいで、このような「奉献」と書かれた幟があちこちで見られます。この幟旗には「奉献八幡宮」と書かれちょります。向こうに、上岡八幡宮の、あのこんもりした山が見えよります。ここはその参道をまっすぐ、田んぼの中を突っ切って来た場所。この左右の柱は、昔鳥居やったものの痕跡。足下に、鳥居の上の部分が置かれちゃありました。柱に刻まれちゅうがは嘉永年間。
「奉献八幡宮」の幟旗は、ここだけぢゃあ無うて、物部川の対岸のあちこちにも立てられちょります。この八幡様の氏子さん、物部川を挟んでかなり広い範囲に広がっちゅうことが、その幟旗でよう判るのであります。