トランポリン〔5061〕2017/02/22
2017年2月22日(水)晴れ!
良いお天気。今日はこれからお天気下り坂の予報。春三番が吹くんだとか。
今朝は鏡川沿い。天神橋と柳原橋の間の南岸。潮江天満宮の北側。向こうの森は、潮江天満宮の、森。写真右上の赤い星は、さそり座のアンタレス。正面にはお月様。月齢25の、細い細い三日月ですが、写真に撮るとこんなになってしまった。
三日月とアンタレスの間には、土星。
さて。この広くなった場所。今、天神橋南詰から西へ、土手上の道を行くと、小さな橋を渡って、この左手に出てきます。その橋ができる前は、この右手を通る道が、本線でした。
その、新道と旧道に挟まれた、この空き地。
記憶を辿ると、ここには、トランポリン場がありました。僕が小学生の頃なので、今から40数年前。トランポリンが並べられ、30分だか1時間だか忘れましたが、50円だったような気がします。間違うちゅうかも知れません。
今みたいにゲームセンターや、ゲーム機が無い時代の娯楽は、様々色々ありました。
我々街の子にとっても、ここのトランポリンは結構贅沢な遊び。贅沢な遊びと言えば、鏡川の貸しボート。これもなかなか贅沢にして、人気があった。
贅沢と言えば、今もある、比島の交通センターのゴーカートですが、ここ、この場所も、一時、ゴーカート場になってましたよね。そんなに長い期間ではなかったと思います。
この西側にはこどもの国があり、その西には市営プール。対岸の柳原には、サーカスがやって来ました。この界隈は、高知の子供たちにとっての娯楽の殿堂でありました。
今のこの季節になると、市営球場には阪急ブレーブスがやって来て春季キャンプ。少年野球教室をやってくれて、福本に、外野フライの捕り方を教えてもろうたこともあります。
こうやって書くと、当時の高知の子供たち、今よりもずっと恵まれちょったのかも知れません。遊びは、ふんだんに、あった。ありました。
商店街のアーケードは賑やかで、子供たちの遊び場にもなってました。商店街の子供は、お店の上に住んでました。どの家も、奥行きのある細長いつくりで、二階は商品の倉庫みたいになっていて、かくれんぼしたりするのには最適。家は後ろ側でつながっていて、立体迷路みたいな、魅力的な場所でありました。
この、昔トランポリンがあった場所に立つと、そんなことに思いを馳せてしまいます。
トランポリンと言えば、それこそ、与力町の本社の倉庫にトランポリンを置いていた時期がありました。当時、弊社のTさんが、高知県の水泳飛び込みチームの監督をしてまして、その練習用のトランポリン。飛び込みの選手たち、すごいです。身体をひねったり回転させたり。
そこで練習していた女子選手が関西の大学に進学し、そこの水泳部の飛び込みチームで一緒になった男性と、結婚する。そして、その男性を連れて高知へ戻ってくる。
その男性は、Tさんの後を受けて高知県飛び込みチームの監督となる。
皆さんご承知のとおり、今、高知県には、飛び込みの有力選手がたくさん居ます。東京オリンピックを目指す選手も。そのルーツを辿っていくと、うちの会社にあったトランポリンも、高知県飛び込み界黎明期のひとつのマイルストーンであったのかも、知れません。
オリンピック選手が輩出されたら、あのトランポリンも、少しは役に立ったと思いたいですね。