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梅林・親鸞・法然・マキアヴェッリ〔5057〕2017/02/18

梅林・親鸞・法然・マキアヴェッリ

2017年2月18日(土)良いお天気

昨日今日は、とても暖かい。春のよう。日本列島では春一番が吹いた地域もあったにかありません。このまま春になることは無く、また、冷え込む予報も。三寒四温というやつですな。
そんな気候ですが、今、梅の花が丁度咲き誇ってます。

ここは潮江天満宮。天満宮と言えば道真公で、道真公と言えば、梅。太宰府天満宮には梅林や飛龍梅がありますが、ここ、潮江天満宮にも、あります。
写真は、潮江天満宮の梅林。でも、樹によって、満開になるタイミングが違うので、一面全部梅の花!という感じにはならんのですね。
なんとか、画面一面に紅梅白梅を感じられるように撮影してみました。まあ、香りは、良い。

気温が高めの2月の土曜日。たぶん、スギ花粉も飛びゆうんでしょうね。山の方は霞んでいます。

今日は何の日、というのを見てみました。
1207年の今日、親鸞、法然が流罪となり、専修念仏が禁じられた、と、あります。親鸞が流されたのは、越後。京から琵琶湖へ。琵琶湖で船に乗り、宮津から上陸して北陸路へ。
こないだ、2月の新刊でご紹介した山折哲雄さんの本では、山折さん、その親鸞のたどったルートを、編集者さん運転の車で辿りながら、その、「ひとり」の思想に思いをは馳せておられます。

そして法然。
そのとき、法然は、土佐国番田への配流となった。しかし実際に行ったのは讃岐国。土佐国番田は幡多郡のことで、実際に行っちょったら、こりゃあ遠い。土佐へ来ちょったら、また、土佐の歴史も変わったものになっていたのかも、知れません。

鎌倉仏教は、その分かりやすい教義や、念仏というシンプルな教えで、庶民を中心にあっという間に広がりました。その創始者の流罪は、その後の浄土宗、浄土真宗の拡大に、大きな影響を及ぼしたと思われます。

1513年の今日。フレンツェ共和国の書記官として外交などに活躍していたマキアヴェッリが、メディチ家の事件に連座して捕えられる、という事件がありました。
その後、マキアヴェッリは、郊外の山荘に隠棲。そこで、国の政治などに関する熱い思いを、ヒマにあかせて文章にする。君主論などの名著は、そこで生み出された。
塩野七生の本では、その時代のマキアヴェッリのことを、愛情を込めて書かれております。
実際にその山荘に行ってみた、塩野七生さん。山荘から、フレンツェの象徴である花の大聖堂、サンタマリア・デル・フィオーレの巨大なクーポラが見えることに気づき、失意のマキアヴェッリの胸中を察して、胸に物理的な痛みを感じた、とありました。確か。

そこを読んで、僕は、朝倉城址から岡豊山が見えるような気がしたとき、長宗我部元親に追われて朝倉城に火をつけて退去する本山茂辰の胸中を察して胸に物理的な痛みを感じたのを思い出したのでありました。

マキアヴェッリは、失脚した隠遁生活がなければ、あの数々の、後世に多大な影響を与えた名著の数々を書くことはなかった、と思われます。人類にとっては、重要な失脚でありました。

親鸞、法然、マキアヴェッリ。偉大な思想家の受難の日。しかし、その受難があったからこそ、今、その思想は今に大きな影響をあたえているのかも、知れません。

今日は何の日、でした。


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