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勝鬨橋と築地市場とオリンピックと万国博覧会〔4973〕2016/11/26

勝鬨橋と築地市場とオリンピックと万国博覧会

2016年11月26日(土)快晴!

東京。一昨日雪が降ったという東京。仕事でやって来ました。で、今日は朝の飛行機で高知へモンて、酪農さんの研修会と懇親会。お昼から、飲めます。

こないだ、鏡川に架かる九反田橋と高知中央卸売市場の関係を書きました。あの場所にわざわざ橋が架けられたのは、九反田に昭和5年開設された中央卸売市場へのアクセスの関係であった、という仮説。
そこで今朝は勝鬨橋から東京都の中央卸売市場である築地を撮影してみました。泊まっちょった錦糸町から下町を走り、月島を抜けてやって来た、築地。左手、市場の向こうに東京タワーが見えているの、わかりますでしょうか。

築地。大変ですな。
まあ、最低1年以上は移転することもなくなったので、慌てて場内の食堂に行く必要もなくなりました。ので、寒い朝は場外きつねやのホルモン丼。相変わらず、美味しかったです。

築地に市場がやって来たのは、大正12年の関東大震災で日本橋魚河岸などが壊滅的打撃を受けて以降。正式に東京市中央卸売市場となったのは昭和10年。高知市中央卸売市場が九反田にできたのはそれよりも5年前の昭和5年ですき、高知がいかに早かったかがわかります。
築地に市場ができた頃、この勝鬨橋はありませんでした。

ここにあったのは、勝鬨の渡し。日露戦争が明治38年に終わり、その戦勝を記念して有志がつくったのが、勝鬨の渡し。
月島は、どんどんと埋め立てられ、工場ができたりして人口が増えていた。そこで、橋を架けようという話が幾度も出ては消え、ようやく昭和8年になって可動橋の架橋が決定。完成したのは昭和15年。時代の空気の中、橋の名前はやはり勝鬨橋になった。昭和15年というと、太平洋戦争の1年前ですきんね。

まだ、隅田川の水運が重要な役割を果たしていた時代なので、橋の下を大きな船が通れるように、国産技術で開閉式の橋にした、と言います。
昭和15年には、月島で、万国博覧会が開催されることになっちょりました。都心から博覧会へのアクセス路としての役割も期待された訳だ。
どっかで聞いたような、話。
結局、日中戦争激化で万国博覧会は中止。しかし橋だけは架けられたのでありました。

築地に隣接する橋なので、築地市場の整備と関係あるのかと思いましたが、まったく関係なかったんですね。

さて。
あの、築地市場が移転した後の跡地地下に、2020年東京オリンピック選手村と会場を結ぶ役割の道路が建設される予定でした。しかし、移転の遅れによって計画変更が余儀なくされた。
この勝鬨橋は、月島で開催予定の万国博覧会へのアクセス道路の役割も担って架けられましたが、万国博覧会は中止になりました。
世の中、なにがどうなるのか、わかりません。
あの築地市場の移転はどうなるのか。東京オリンピックは将来への禍根を残さずに開催できるのか。
世の中、どうなるかわからないので、取り敢えず、今朝も築地でホルモン丼を食べてきました。


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