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酪農振興大会とは〔4546〕2015/09/26

酪農振興大会とは

2015年9月26日(土)薄雲り

ここは南国市。JA南国市中央支所がある場所。直販所の「かざぐるま市」がある場所と言うた方がわかり良いかな。そこで、今日はお昼から、南国・香美・香南酪農振興大会が開催されゆうのであります。主催は、南国・香美・香南酪農振興協議会。南国市と香美市と香南市の酪農家さんと、その関係者の集まり。

高知県の酪農の歴史をひもとくと、一番酪農家戸数も多く、高知県酪農を牽引してきたのがこのエリアであることが解ります。この広い豊かな農地で、たくさんの酪農家さんがおった時代。
もちろん、農耕には牛が欠かせず、有畜循環型農業が営まれておったのが、その礎になったと考えられます。戦後、酪農地帯として発展し、高知県の酪農の中心となりました。

ひまわり乳業が、昭和40年に、南国市に「南国工場」を建設したのは、そこが高知県の酪農の中心であったから、と言えます。当時は高知牛乳食品と言うておりましたが。

小生がひまわり乳業に入社した昭和60年頃。その頃には、数頭しか飼ってないような小規模経営の酪農家さんは少なくなり、戸数も減ってはおりましたが、それでもたくさんの酪農家さんがいらっしゃいました。
工場に、タンクを積んだ軽トラで生乳を持ち込む酪農家さんもどっさり。入社して最初に配属されたのが、南国工場の受乳場。「受け入れ」と呼ばれる部署。酪農家さんが持ち込んだり、集乳車で集めてくる生乳を受け入れ、検査し、重さを計ってポンプで吸い上げてストレージタンクに入れる。

タンクの中に入ってタンクを洗浄したり、コーヒー牛乳のコーヒーを抽出したり、乳飲料用の還元乳を調合したりするのも「受け入れ」の仕事でした。
当時、土佐山田にはまだ集乳所があり、そこに、酪農家さんは2斗缶で生乳を持ち込んでおりました。冷水に浸けて冷やされた2斗缶。それを2トン保冷車が満載して、南国工場に運んでくるのでありますが、その2斗缶を車から降ろし、専用のハンマーで叩いて蓋を開け、アルコール検査し、秤りに流し込んで重さを計る。これがなかなか重労働で、山田の集乳車が入ってくると、筋肉に力が入ったものでした。

2斗缶は、32リットル入る牛乳缶。空っぽでも、結構重いんですね、これが。南国工場には、それを、片手に2本、両手で4本持ってぶん回して持って行きゆうおばちゃんが居りました。Yさんというおばちゃん。剛力のおばちゃん、今も思い出します。

それから酪農家戸数も減りました。酪農の経営規模が拡大し、一戸当たりの頭数や乳量は増えちょります。集乳所もなくなり、集乳はタンクローリーになって、酪農家さんが自分で工場に持ち込むことも無くなった。
酪農家さんが持ち込んでいた時代は、受け入れで生乳を吸うてもろうた後は、酪農家さんが工場の一角にたむろして、よもやま話に花を咲かせておるのでありました。お正月なんぞは、そこで「おきゃく」をしよりました。そんな、古き良き時代。

今は、なかなか酪農家さん同士でも、懇親を深める機会が減りました。弊社へ生乳を出荷してくれる酪農家さん達が中心になって、勉強会や懇親会をやっておるのは、かなり貴重な懇親の機会。

今日は酪農振興大会なんですが、一番の目的は、酪農家さんが振興を深め、情報を交換し、より良い高知の酪農の未来を考える、というもの。なので、バーベキュー。
振興協議会の事務局は、3市の役所持ち回り。役所的には、バーベキューだけだと問題なので、講演会を手前にやる。本日は、その講師を、僭越ながら小生が務めさせて頂きました。講演時間は15分なので、早口超特急。濃い濃い酪農情勢の話をさせて頂いたのであります。

酪農業。
普通の皆さんにはそんなに縁のない業界かも知れません。が、持続的、幸福な社会を考えるにおいて、結構重要ながやなかろうか、と思います。昼間っからこうやってお酒を飲みながら、幸せについて考えました・・・・


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