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石灰岩層、人骨〔4545〕2015/09/25

石灰岩層、人骨

2015年9月25日(金)晴れ

よく降りました。今日は青空も見える、爽やかなお天気。大雨一過。
時間雨量120mmを超えた、みたいな話が県内各所で出ておりました。農作物など、大丈夫でしょうか。被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。

昨日のにっこりに、虚空蔵山と蟠蛇森との間の桜川、てなことを書きましたが、桜川が溢れそうになって避難指示が出されちょりました。ビックリ。一昨日、まさに、避難指示になった箇所を走ったばかし。そこがあんな風景になるとは。大自然の威力をまたまた見せつけられた思いがします。

ところで、一昨日のにっこりでご紹介した不動ヶ岩屋洞窟遺跡。縄文草創期の、人々が暮らした痕跡が残る遺跡。12,000年前〜10,000年前頃のことにかありません。高知には珍しい縄文草創期の遺跡。しかし、本格的に調査されたのは昭和39年と42年の2回だけ、と言います。それはイカん。
科学の進歩で、年代測定などに新しい手法がどんどんと見出されちょります。今一度、キチンと発掘調査すべきですな、これは。

と、申しますのも。
不動ヶ岩屋洞窟は、一昨日も書いたように、秩父累帯南帯、三宝山帯で、石灰岩層の山にできた洞窟。石灰岩。
日本の土壌は、火山灰が多いこともあって基本的に酸性土壌。なので、なかなか遺物が残りにくいのであります。日本有数の規模を誇る弥生遺跡、田村遺跡でも、墓所はひとつも見つかっていない。骨は、特に酸性土壌で溶けてなくなりやすい。
そんな訳で、日本全国、旧石器時代から縄文草創期にかけての人骨は、南西諸島の、石灰岩の洞窟などから見つかるばかりで、他には浜松の浜北人くらい。石灰岩はアルカリ性で、骨が残りやすい、という訳だ。

ちなみに今朝の写真。会社の裏手の物部川の土手から、三宝山方面を撮影してみました。物部川は、少し増水しちゅうくらいの感じ。あの三宝山の北側に龍河洞があり、鍾乳洞なので石灰岩質。その洞窟にも、弥生時代の住居跡遺跡があるのはご承知の通り。

さて。
上にも書いたように、今は、年代測定技術はどんどん進歩しよります。また、遺伝子の解析技術なんかもとんでもない進歩。
ぜひ、不動ヶ岩屋遺跡の発掘調査をやってもらいたい。周辺の石灰岩層も含めて。
ひょっとしたら、石灰岩に埋もれて奇跡のように残った人骨がたくさんあるかも知れない。17,000年〜18,000年前のものとされる沖縄の港川人は、縄文人とは違う、東南アジアからオーストラリア系統の系統の人間であった、とされます。では、不動ヶ岩屋洞窟で暮らした人々は、いったいどの系統の人々であったのか。青森の三内丸山で繁栄した縄文人と、つながるのかつながらないのか。
不動ヶ岩屋で人々が暮らしたのはヴュルム氷期の最終局面。温暖化に向かう中で、人々はどのように暮らし、移動していったのか。ああ。今朝も妄想が・・・

日本でも、石灰の採掘現場で人骨が発見されてきたりしちょります。そう言えば、ネアンデルタール人の名前の元になったネアンデル谷も、石灰の採掘現場だ。
石灰岩層の洞窟、不動ヶ岩屋洞窟の、最新技術を駆使した発掘調査を妄想します。


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