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仏像構造線の下の矜持2〔4405〕2015/05/08

仏像構造線の下の矜持2

2015年5月8日(金)晴れ!

良いお天気。
こないだの4月23日、「仏像構造線の下の矜持」という表題のにっこりを書きました。三宝連山の南東麓。南西から北東にかけて走る、秩父累帯と四万十帯の間の断層、仏像構造線界隈に、矜持を持った偉人が生まれておる、という話。

安重根の弁護人を務め、昭和16年という時代に「憲政之祖国」碑を建立した、矜持の人、水野吉太郎。
海援隊で龍馬とともに活躍し、幕末を駆け抜けた志士、新宮馬之助。
武市半平太の腹心で、戊辰戦争で戦死した安岡覚之助、そしてその弟の、吉田東洋暗殺に関わり、吉村寅太郎天誅組蜂起に参加して刑死した安岡嘉助。

最近、高知東自動車道の一部、五台山から稲生を通って南国市伊達野までの区間が開通しました。その自動車専用道路を車で走りよりましたら、車窓から、矜持の人、二人の生家または生家への進入路が見えるではありませんか。
一つは、南国市吹井の、武市半平太生家。そしてもう一つは、唐谷にあるライオン宰相濱口雄幸生家の進入路入り口。どれも、以前、このにっこりでご紹介したことがあります。

この新しい道路は、仏像構造線に沿って走ります。と、言うことはですね、この2軒も、仏像構造線に沿って建つ、ということになる訳だ。どちらも、構造線のすぐ南。四万十帯の北限界隈。

仏像構造線と偉人。
ここで挙げた人物は、どの方も、矜持の人。刑死、戦死、狙撃、といった亡くなり方をした人物が4名。後の2名も、矜持を持って激動の時代を駆け抜けております。

写真は、今朝の唐谷。五台山の南、下田川の南の連山の北麓。ここを、東西に仏像構造線が走ります。で、上の道路が最近開通した自動車専用道路。
昨日は走って帰っちょったので、今朝は自転車出勤。途中、ここを通ってみました。

自転車に乗った小生の方向。その延長線上に、濱口雄幸記念館、つまり生家への入り口があります。ここで生まれた神童、濱口雄幸。静かな静かな谷間の家でした。
しかし、こんな道路ができてしまいました。まだ、一部開通なので交通量も少ないですが、そのうちに車がひっきりなしに往来する道路となります。騒音もさることながら、この巨大な構築物が目の前にあるのは、ちと辛いかも知れません。
救いは、生家が、あそこから東の谷へちょっとだけ上がった場所にあるので、家からは、道路は隠れて見えんことでしょうか。

仏像構造線と矜持の偉人。
まあ、関連は無いのでありましょうが、なんとなく因縁めいたものを感じたので、無理やり関連付けてみました。
それにしても。

濱口雄幸さんについては、こないだ、4月30日のにっこりに書きました。水野吉太郎さんについては、4月23日に書いちょります
今、この時代、彼らのような矜持を持った政治家が、どうしても必要ではないかと思えてなりません。近現代の歴史を学ぶにつけ、現在の情勢に鑑み、そう思えてならないのであります。


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