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野市上岡の段丘崖〔4342〕2015/03/06

野市上岡の段丘崖

2015年3月6日(金)曇っちょります

今朝は高知。昨日はあれから高速船に乗って松山、そして車でモンて来ました。昨日の瀬戸内海は穏やかで、実に快適な高速船。美しい瀬戸内海の風景を堪能できました。松山の人々にとって、広島への行き帰りにはこじゃんと便利ですな。いや、海が身近な生活。

そんな瀬戸内海も、今から8万年位前に始まって2万年位前にピークを迎えるヴュルム氷期には、ほとんどが陸地でございました。地球が冷え込んで氷河が拡大し、海水面が今より120m以上も下がったとされる2万年前。
瀬戸内海の現在の平均水深は70mくらいなので、その当時はおおかた陸地でありました。日本列島も大陸と陸地でつながり、人類は、その陸橋を渡ってやって来たのは間違いない。アフリカで生まれた現生人類が世界に拡散したのは、この最終氷期の海退による陸地化が大きな要因でありました。

瀬戸内海、現在でも、深い場所があります。興味深いのは、現在、狭い海峡みたいになっちゅう場所。そんな場所が、深い。例えば、こないだからギッチリ船で渡りゆう、佐田岬と佐賀関の間。465mもあります。鳴門海峡が217m。明石海峡でも148m。
昨日通ってきた海域の近く、伊予の中島から周防大島、山口県柳井市とつながり諸島の島の間の海峡も、150mくらいありますので、2万年前でも海。または谷底。いや〜、想像するだにすごい風景。瀬戸内海の真ん中には東西に少し深い溝が横たわっているので、それが河川であったと思われます。その河川を流れてきた水が、豊後水道とか紀伊水道に流れ込んでおった時代。

さて。そのヴュルム氷期の前に、間氷期。今から12万年ちょっと前をピークとする間氷期には、氷河が融けだして海水面が上昇。いまより数十メートル高い海水面。
地球の動きはダイナミックです。12万年とか言うと、地球の長い歴史の中では一瞬。そんな一瞬の間に海水面はそんなに変動し、土砂を流し、堆積させ、浸食し、現在の地形をつくりあげて来ちょります。

ここは今朝の野市、上岡。八幡様の山の南東。右上が上岡の集落で、左側に吉川へつながる沖積平野。右上の家の建つ場所の標高は13.1m。左手の畑は9.3m。約4mの落差。ここに段丘崖があります。恐らくは、12万年前にここは海。物部川が運んできた土砂が海に流れ込み、堆積して扇状地を形成。ヴュルム氷期による海退で陸地化した後、物部川によって浸食され、このような段丘崖が現れたのでありましょう。

12万年前、海であった時代の堆積によってつくられた地盤は、一般に洪積台地と言います。高知の長岡台地や、名古屋の熱田台地、関東の武蔵野台地と同じ、砂礫台地。河川によって運ばれてきた砂礫の台地。堆積してから時間も経っちゅうので、硬い砂礫台地。家を建てるにはエイですね、硬いので。
この、上岡の、台地端の段丘崖に、土砂が積み上げられちょります。見るからに砂礫。これは、この界隈の土砂なのでありましょう。このような砂礫で形成されちゅう洪積台地の上に、野市の町ができました。浸透性が高く、水はけが良すぎて農地には向かない土地。そんな土地に物部川から水を引いて灌漑し、農地としていったのが、偉大なる野中兼山であった、という訳だ。

兼山先生もよく知っていたであろう、台地を形成する砂礫が、これでしょうか。


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