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空港へ自転車でGO!〔4333〕2015/02/25

空港へ自転車でGO!

2015年2月25日(水)晴れ

今朝は高知。昨日の夕方、飛騨高山からモンて来ました。で、夜は会合二つ。
そして今朝は、東京へ向かう飛行機の中で、このにっこりを書きよります。

今朝の高知新聞にも載っちょりましたが、今月末に空港インター線という新しい道路が開通します。東部自動車道の空港インターへのアクセス道路ながですが、東部自動車道の開通に先立ち、この道だけ先行開通。これにより、南国バイパスから空港へドカンと繋がる道ができる訳です。

今朝は、会社から、その、開通間近の道路を自転車で走って空港へ。開通前なので当然ですが、静かな静かな道路。
この界隈、走って通ったり自転車で通ったりする場所ですので、地形は知っちょります。丁度、土地が低うなって水路が流れゆうような場所に、この道路ができました。つまり、古くは物部川の流路の一つであったと思われる場所に道路ができた訳だ。新しい道路ができて、そんな地形もわかりにくうなっていきます。

南国市物部。古くは物部郷とされ、中世には物部庄。
以前から書いてきたように、物部氏との関わりが深かった土地と思われます。「続日本紀」の和銅七年(714年)条に「土左国人物部毛虫・・・」との記述があって、国人ながら物部姓の人物が居たことがわかります。
ここの、物部川の対岸、現在は野市の上岡は、昔から物部村の枝郷。その上岡にある上岡山は、物部郷の鎮守の神様として、太古の昔から尊崇されてきたことはわかっちょります。上岡が野市に編入されたのは、ここに日章村が成立した昭和17年のことですきんね。神様を中心に考えると、間に大河を挟んじょっても、同じ共同体であったのでしょう。
物部川の本流は、近世以前、今よりずっと西を流れておったようです。なので、上岡と物部村の間に大河はなく、ひとつの共同体が形成されても不思議はなかった。その中心の神様が上岡山に鎮座し、いつしか物部川の流路が真ん中を突っ切るようになっても、神様を変える訳にもいかんので、同じ共同体として続いてきた、というストーリーが想像できます。

その上岡山に鎮座する八幡様には、石船伝説。石船伝説は物部氏のものなので、とにかく物部氏の匂いが漂うこの界隈なのでありますね。しかし。戦国期前期には、香宗我部氏の係累も、一部を支配。香宗我部氏筆頭家老の池内肥前など。国人入交氏も田村を支配し、とにかく支配が交錯しちゅうのがこのエリア。

物部川の自然堤防上に、弥生時代から巨大な集落が営まれ、中世には守護代屋敷が置かれて土佐の政治の中心地となったこの地域。しかし、物部川は常に流路を変え、洪水を起こし、南海地震では津波にも襲われててきたでしょう。
それでも、多くの人々が住み続けてきた土地。それだけ、肥沃にして海運の便利が良い、魅力的な土地であった訳です。今は、空港、高知大学農学部、高知高専を中心として、美田が広がる美しいエリア。

ひとつ心配があります。空港バス。今は、高知大学農学部前にも停車してくれるので、車や自転車な足が無いときには、空港バスに乗って農学部前で下車、歩いて会社に出勤しよります。この新しい道が開通したら、空港バス、どのルートを通るがでしょう。当面は今のルートなんでしょうか。
こっちのルートになって農学部前の停留所が無いなったら。空港から歩いて会社までは、ちくと遠い。


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