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もうひとつの比江山神社〔4271〕2014/12/25

もうひとつの比江山神社

2014年12月25日(木)快晴

そんなにシビコオらんクリスマスになりました。今朝の気温は少し高め。しかし雲はなく、晴れ渡って美しい朝。今日は暖かくなりそうです。昨日の夜は街にクリスマスが溢れちょりましたですね〜。

さて。
昨日、比江廃寺跡をご紹介し、比江の「七人みさき」のことを書きました。で、今年5月29日にご紹介した比江山神社に、元親によって無念の死を賜った比江山親興夫妻が祀られちゅうのもご承知の通り。

「七人みさき」は、恨みをもって亡くなった人々の亡霊が現れて、取り憑く話。そして、その亡霊は、誰かに取り憑いて殺すと、自分は成仏できます。しかし、取り憑き殺された人物の亡霊が新たに七人みさきの一人を構成し、いつまでたっても七人から減りも増えもしない、という伝説。土佐で有名な七人みさきは、春野、吉良氏の七人みさきと、比江山親興一族の七人みさき。
こないだ、未明の真っ暗な吉良神社をご紹介しました。そして、昨日の写真に写っちゅう山が比江山で、あの中に比江山神社。
さて。実は、比江山神社は、あの山中の他にもうひとつ存在します。これは知りませんでした。

比江から、久礼田、植田と北東に新改川沿いに進むと、香長小学校があります。その、新改川の対岸界隈。山裾の狭い平野に田んぼが広がり、集落は山にへばりつくようにあります。古い、新改の集落。新改なのに古いとはこれいかに。
いや、しゅっと南に新改古墳があるように、とにかく古くから開けた土地。水の便利が良かったがでしょうね。現在の里改田が蚊居田で、それに対比するように上蚊居田という集落。上改田。先に開けた下の改田があり、上の改田は新しい改田、というのでしょうかね。

それはともかく、新改川の畔。
夜明け前。月もなく、真っ暗。土手の上の狭い道をソロソロ行きよりますと、土手から川原へ降りていく斜面に真っ黒い森。目を凝らすと、お堂の屋根が見えます。それを写真に撮ってみた訳ですが、何かが邪魔をして、ピンとが合わず、はっきり写すことができませんでした。向こうに見える灯りの、そのトット向こうが比江山。

比江山親興さんは元親の従兄弟。岡豊城の出城である比江山城を預かり、一帯を支配しました。ここ、新改も領地のひとつ。
久武内蔵助の讒言もあって、親興さんは、吉良親実さんと共に大高坂城で切腹させられました。その際、妻子四人と従者二人が、比江山城を抜け出して逃げてきたのが、ここ、新改。勝福寺。そこで住職に匿うてもらいますが、追っ手に捕まり、六人と匿うた住職合わせて七人が、新改川原で斬首(切腹ともいわれる)。

その後。あの向こうの比江山城から、ここ、新改川原に向こうて火の玉が飛ぶようになったそうです。比江山七人みさき。七人の霊が成仏しなかった、という訳です。
前回に書いた七人は、親興さんと、四人の妻子、二人の従者で七人でしたが、今回ご紹介した伝説では、親興ではなくて匿うたお坊さんになっちょります。
吉良氏の七人みさきも、吉良親実さん本人は入らず、家臣の七人なので、こちらが正解かも知れません。

この左手の森。土手を下った森の中にお堂。灯りもなにもありません。闇。
目を凝らしながら、その真っ暗な比江山神社にお参りしてきました。そのお堂の裏手に五輪塔があり、それが比江山親興さんの妻と子の墓である、とされます。が、さすがに真っ暗なお堂の裏手の森まで探索する勇気はありませんでした。
ここに母子が埋葬され、その場所が比江山神社となった、という伝説。七人の霊を鎮めるための神社であるのかも知れません。

久々に、かなり、とっても、ゾンゾンしました。
世間はクリスマスというのに、また、朝っぱらから何を書いておるんだか・・


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