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竹林寺、文殊菩薩像、21064年〔4242〕2014/11/26

竹林寺、文殊菩薩像、21064年

2014年11月26日(水)曇り

昨日、11月25日で、五台山竹林寺さんの秘仏、文殊菩薩像ご開帳が終了しました。50年に一度のご開帳ということで、次回は50年後、2064年になります。
今朝、ご開帳が終了した五台山、竹林寺さんに行ってみました。

まだ、本堂周辺にはご開帳の立て看板やらテントやらがそのままで、昨日までの賑やかさを伝えてくれます。境内は、今、紅葉が始まっちょります。写真は、楼門からの風景。竹林寺さんは庭園などが有名ですが、境内すべてが美しいお寺さんです。

行基さんが全国行脚の途中にここを訪れました。当時は、この山は、浦戸湾に浮かぶ島、大島。で、その山容が中国の五台山に似いちゅう、ということで五台山と名付けた、という伝説だあります。真偽のほどは不明。
で、行基さんが、聖武天皇の勅願寺、竹林寺を開いたとされます。凄い由緒。その後、空海が訪れて中興、大きな伽藍を備えた名刹として今に伝わる竹林寺。
今の牧野植物園南園界隈にも、全部、竹林寺さんの伽藍が並んでおったようです。土佐では名刹中の名刹。

五台山にはもう一つ、名刹。吸江寺。五台山の西麓に鎮座まします、吸江寺。この名刹は、文保二年(1318年)に夢窓疎石が庵を結んだのを始まりとします。吸江庵。弟子の義堂周信や絶海中津がその後を継ぎ、室町幕府の庇護の元、発展したのが吸江寺。長宗我部家は、吸江寺の寺奉行を長く務めた家系で、寺奉行をしながら守護代の細川家との関係をうまくこなし、勢力を蓄えていったと思われます。
吸江という地名の由来は。
「南はかれ松、北は大崎をかぎりて、この江湾の西江の水をすふと云心にとりて名付たる也」と、「吸江志」に書いちゃあるそうですが、なんのことやら・・

さて、文殊菩薩像。
50年振りのご開帳が今回行われ、小生、春のご開帳に3回、秋のご開帳に1回、拝んできちょります。春と秋とでは台座が代わり、なかなか趣深い参詣となりました。
で、こないだも書きましたが、どうやら小生、50年前にも拝んじゅうものと思われます。その理由は、50年前、小生より5歳年長の姉、当時8歳の姉が文殊菩薩をお参りし、それを作文に書いて先生に褒められた、というハッキリした記憶を持っちゅうき。8歳の少女が一人で五台山に来る訳もなく、当然母親と一緒やったと思われます。その母には3歳の息子。つまり小生。3歳の息子を一人残して五台山へ来る訳もなく、当然オブって連れてきたと思われます。なので、小生も、50年前に拝んじゅう可能性が極めて高い。

さて。50年後は2064年。小生、103歳。う〜ん、ひょっとしたらひょっとするかも。
つまりですね、もし、生きて元気であれば、生涯3度のご開帳に立ち会えるかも知れない、ということなのでありますね。これができる可能性がある人間は、そうは居らんと思われます。数少ない、3度のご開帳立会いの可能性がある人間として、頑張らんといかんかも知れません。

そんなヤチモナイことを考えながら、静かな朝の竹林寺さんを後にしました。


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