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小豆島のひまわり牛乳〔3398〕2012/08/04

小豆島のひまわり牛乳

2012年8月4日(土)晴れ!

昨日の夕方、遂にfacebookに登録してしまいました。個人で。頑(かたくな)に、強い信念でもって登録してこんかったひまわり太郎ですが、行きがかり上、登録することになってしもうたのでありました。ひまわり太郎の強い信念というても、まあ、こんなもんです。
で、夜、飲みにでましたが、どんどんと入ってくるメールにどうやって対応して良いかわからず右往左往。まあ、そんなことには関係なく、日付が変わるまで飲んでしまいましたが。

そして今朝、電光石火の移動で、ここにやって来ました。ここは、うどん県。うどん県の小豆島。土庄港の近く。
実は、ここ小豆島に、つい先頃からひまわり乳業の販売店ができちょりますので、そこへご挨拶に行っちょったのでありました。いま迄小豆島は、船で渡らんといかんこともあって、ひまわり乳業空白地帯でした。そこに、遂に、販売店ができた訳で、小豆島の皆様、お待たせ致しました。低温殺菌牛乳や菜食健美が、小豆島の皆様のご家庭でも、お取り頂けますです。

今日は、高松港近くに車を停め、いっつも積んじゅう折り畳み自転車に乗ってフェリーへ。小豆島内を自転車で移動するようにしました。これは便利。この写真の自転車がその愛車。あんまし便利なので、ここ土庄の、尾崎放哉記念館まで自転車をシャコシャコ。じっくりと、あの、自由律俳句の天才、尾崎放哉さんの世界に浸ってきたのでありました。

明治18年鳥取県生まれ、一高から東京帝国大学を出た秀才ですが、酒癖が悪く、勤め人には極めて向いていない性格によって生活は乱れ、無一文に。お寺に住み込んだりしながら食いつなぎ、あちこちを転々とした後、終の住処として小豆島にやってきました。西光寺というお寺さんの奥の院に住み込み。肋膜炎を患い、健康を害しながらも、優れた句をつくりつづけたのがこの時期。
その庵を南郷庵と名付け、海を見ながら、寂しい晩年を過ごしたのでありました。

咳をしてもひとり
障子あけて置く 海も暮れ切る
いれものがない 両手でうける

海を愛した放哉さん、山を愛した種田山頭火さんと対照的。二人は、同時代を生きましたが、生涯、逢う事はありませんでした。が、特に種田山頭火さんは尾崎放哉さんを尊敬、意識し、ここ小豆島の南郷庵に2度訪れ、墓参をしちょります。南郷庵が記念館になっちゅう訳ですが、その入り口に、自由律俳句の世界へ放哉、山頭火を引っ張り込んだ師匠、荻原井泉水さんに宛てた手紙の文章が碑になっちょります。それによると、大正14年12月27日、久し振りにお風呂に入りたい気持ちが出たので入浴した、ということです。
「正ニ決シテ威張ルワケデモなんデモナイガ、入リ度イ気持ガ、今迄ハ出テ来なんだノデスヨ」
この日、実に4ヶ月ぶりに、お風呂に入っちょります。すごい人物です。

山頭火さんは温泉好き。毎日、お風呂に入ってお酒を飲むのを一番の喜びにしちょります。お酒が大好きで身を滅ぼしていったのは一緒ですが、その他の好みは、ホントに対照的でした。

晩年、庵を結んで暮らしたのは二人とも一緒ですが、その最期は、また、対照的。種田山頭火さんの終の住処は、愛媛の松山でした。多くの俳友に囲まれ、望み通りのコロリ往生。放哉さんは、この美しい島で、静かに寂しく息を引き取りました。

今日のフェリーは、とても賑やか。夏休みらしく、多くの子供や家族連れが乗り込み、ウキウキ感に溢れちょりました。青い海と夏空が天国のように美しい瀬戸内海。小豆島で、はやくもツクツクボウシを聞きました。


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