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真夏の浦戸渓谷〔3392〕2012/07/29

真夏の浦戸渓谷

2012年7月29日(日)良いお天気

昨日の三嶺、登山らしい登山で、こじゃんと良かったです。心地よい疲労感の中、昨夜はグッスリ眠れました。
ヒカリ石の登山口に停まっちょった車は10台くらい。スタートした際には、2人連れの若い衆一組が先に出発、その後をおんちゃん一人が出発し、ちょっと間を置いて我々。先の2組は、さおりヶ原ルートではない、直進ルートを登っていきよりました。
途中、さおりヶ原でおんちゃん一人を追い越し、さらにカヤハゲ直前で、おんちゃん一人と擦れ違い。どっかで見た事のあるおんちゃん。知人でした。しょっちゅう、カヤハゲに、野鳥を観に来るがやそうです。そう言えば胸に双眼鏡をぶら下げちょりました。エイ趣味しちょります。

三嶺頂上から西熊山へ縦走しよりましたら、男女3人の登山者とすれ違い。名前を呼ばれたので、見てみますと、これも香美市の知人でございました。
お亀岩から下山中には、避難小屋で一人、もうちょっと一人、全部、おんちゃん一人の登山者でした。
こんな山中でも結構知人に逢うたりするがですね。面白うございます。高知は狭い。

さて、最初に遭遇したバードウォッチングのおんちゃんは、浦戸湾を守る会の事務局長のTさん。高知パルプ生コン事件で有名な、浦戸湾水系の自然環境を守るために邁進する、由緒ある浦戸湾を守る会は、その志を、今も継承していっておるのであります。生コン事件から40年の記念シンポジウムには、ひまわり太郎もパネラーとして参加させて頂きました。

で、今朝は浦戸湾を撮影してみることにしたのであります。

宇津野トンネルの東側に四角く突き出した半島が西孕。その半島に、短いが存在感のある素敵な隧道があります。その隧道の西の堤防上から撮影してみました。
右手に玉島が浮かび、左手に仁井田の造船所。その間、正面が浦戸の漁港。
左手前、海岸に立つ、碑のようなオブジェ。これは何かご存知でしょうか?

そう。昔、一度、このにっこりでもご紹介したことがあります。高知で最初の飛行場の痕跡なのであります。
昭和8年、高知新聞社は、全国の新聞社にさきがけて航空部を設立、海軍から2機の飛行機を購入したのでありました。もちろん飛行場はありません。
その飛行機は、いわゆる水上飛行機。水上を走って離陸着陸するスタイル。その水上飛行機の飛行場として設定されたのが、この浦戸湾でした。

この右手に格納庫と事務所がつくられ、飛行機は、その標柱の所に鎖で繋ぎ止められちょったと思われます。そして、障害物のない、浦戸漁港方面に向かって水上を離陸していったのでありました。
新聞社の飛行機だけではなく、高知と大阪を結ぶ旅客飛行機もここを発着されたということ。海軍が今の高知空港の場所に飛行場をつくるまで、まさしくこの風景が、高知空港やった訳です。海の港と空の港は一緒でした。

こないだ、地震防災研究の第一人者、高知大学のO特認教授にご教示頂いた話に、浦戸大橋は、砂の地盤の上に置いただけの橋である、というのがありました。そう。この浦戸湾は、四国山地から流れ出て来る川がつくった渓谷でありました。今から200m以上、海面が低かった時代。その後海水面が上昇し、土砂が堆積してできあがったのが今の浦戸湾の海底。すなわち、岩盤は、200m以上下までない、という地盤。そこに橋を構築するにあたって、岩盤に基礎を打ち込むには200m以上掘らんといかんかった訳です。当然無理で、仕方ないのでケーソンを横倒しに置いて、その上に橋をつくったということにかありません。
横からの強烈な力が加わった場合、横倒しになる危険性がある、という浦戸大橋。それは、この美しい浦戸湾が渓谷であったことに由来します。


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