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すっきりしたぬかるみ、残された昭和〔3368〕2012/07/05

すっきりしたぬかるみ、残された昭和

2012年7月5日(木)曇り


一昨日の夜、広島で夜中までグッスリ飲ってから、昨日の午前中の汽車で昼前に高知へ。で、香南市で12:00から開催の、地元の酪農振興協議会総会大宴会へ出席。グッスリ飲っちょいて15:30頃帰社、酔うたまんま用事を済ませて、ごめん町駅まで車で送ってもらい、電車に乗って高知へ。18:00からの宴会に出席してグッスリ飲ってきました。
飲みっぱなし。高知県人冥利に尽きます。

酪農振興協議会の宴会の会場は、香南市の、「かとり」さんという旅館兼レストラン。お遍路さんがよく使いゆうにかありません。で、今迄、そこは「かとり」さんが経営しゆうき「かとり」やとばっかし思いよりました。しかし違うちょりました。そのレストランのしゅっと近所の小山の上に、香取大神宮さんという由緒あるお宮さんが鎮座ましましちょりまして、それで「かとり」。

「かとり」という姓で思い出すのは巨人のピッチャーでコーチもやりよった鹿取選手。彼の実家は土佐山田の酪農さんでした。もちろん生乳は弊社へ。そんな縁のある「鹿取」さんが高知には居ったので、香南市の「かとり」は鹿取さん経営とばっかし思いよったら違うちょったという訳です。ややこしいですか?

さて、こないだ、高知市内宝永町の路地が火事で焼け、またひとつ昭和が消えていく、という話題を書きました。昔、ひまわり太郎が隊長になって活動しよった「高知のぬかるみ探検隊」で探検し、ディープなディープな一夜を過ごした路地。高知のぬかるみの横綱。その路地を、2005年5月10日に撮影したのと同じアングルで、撮影したががこの写真。随分すっきりしてしまいました。

しかし。
向こうの方の両脇、路地の長屋の南端の部分、こないだの火事で焼け残った部分は、取り壊されずに住居として使用されよりました。すごい。もう、「路地」ではないなってしまいましたが、残されたその建物が、昭和を伝えてくれちょります。嬉しいです。

あの路地を、2010年8月12日に南の入り口からご紹介したががこれ。路地の真ん中にあった公衆便所を2011年1月13日に撮影したががこれ
昔、ぬかるみ探検隊で行ったときには雨が結構降りよりました。あの路地に雨はよく似合います。未舗装の地面がそれこそぬかるんで、雨に濡れながら裸電球の下で用を足す、あの感覚は忘れられません。

 

ところで、昨日、昭和20年7月4日の高知大空襲のことを書きました。すると、潮江雪太郎さんが、興味深い写真を送ってくれました。雪太郎さんのお父さんが高知の市内で拾うてきた、B-29が落とした焼夷弾についていた重りとされる写真。直径20cmくらいある、ドーナツ型の重り。ネットで調べてみますれば、菅直人元首相の家では、それを拾うてきて漬物石に使いよった、というページがヒットしました。なるほど、写真で見てみても、立派に漬物石に使えそうな形状と重量感。
そんな戦争遺物を、今でもキチンと保管しちゅうのはエラいです。これからも大切にしてくださいね。


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