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取り壊された植木枝盛さんの家と谷干城さん〔3027〕2011/07/30

取り壊された植木枝盛さんの家と谷干城さん

2011年7月30日(土)晴れ!

今日は高知。朝から夏の日差しと蝉の鳴き声。ああ、夏休みが懐かしい。そんなお天気の高知県地方です。
さて、昨日、気骨の人、矜持の人、谷干城さんのことを書きましたので、本日も谷さんのお話。
こ こは、昨年12月16日のにっこりでもご紹介した、植木枝盛さんの邸「跡」。いや、あの時点では、まだ、植木枝盛さんが住んだ家が残されちょりましたが。 今ではこの通り「跡」になってしまいました。きれいさっぱり取り壊されてしもうちょります。自由民権運動の闘志、理論的指導者、その後の日本の思想に大き な影響を与えた植木枝盛さんが「自由城」と名付けて様々な文章を書いた家。高知市は「何度も増改築されており資料的価値を認めない人も居る」とかで、書斎 部分のみを自由民権記念館に移築、建物の取り壊しを決めました。
今回、取り壊しに際して、襖の下張りから、枝盛さんのお父さんの手紙がでてきて、 元々、その建物に、谷干城さん一族、しかも一時は谷干城さん本人が住みよったことが明らかになったそうです。そんなこと、壊す前に調査しなさいよ、と思う たのは私だけではないでしょう。街中にヘンテコなモニュメントやらをつくるのと、奇跡のように戦火をくぐりぬけて百数十年残されできた史蹟を保存するの と、どちらが高知の将来にとって大切なのか。それこそ、谷干城さんが生きちょったらガイな議論を繰り広げたことでしょう。
さて、で、本日の話は、 植木枝盛さんと谷干城さんの接点。谷干城さんは、明治初年頃、対外強攻派にして軍備拡張論者でした。しかし、勉強を重ね、保守派でありながら対外強攻を戒 め、軍備予算拡大を阻止しようとし、日本の未来と庶民の幸せを真剣に考え、主張する人物になっていきました。藩閥政府も民権論者も、当初は攻撃の対象。な ぜなら、民権と言いながら私利の為に活動しゆうき、ということでした。しかし、本気で民の権利を考える、ということには肯定的。肯定というより、それこそ が谷干城さんの心情であったようで、植木枝盛さんとも交流があったようながです。
保守派の重鎮で陸軍中将、軍の英雄である谷干城さんが、植木枝盛さんと思想的に共鳴しちゅう部分があった、というのが、すごいこと。良いものは良い、悪いものは悪い、とする谷干城さんの矜持が、その交流につながったがでしょう。
ここに谷干城さんが住みよった家があり、交流を通じで、植木枝盛さんに売却された、というのは、実は、不思議でもなんでもなかったのでありました。そんな大切な、貴重な家は、もう、取り壊されてしまいました。


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