おすすめ

今日のにっこりひまわり

唐谷、水口家にて〔4414〕2015/05/17

唐谷、水口家にて

2015年5月17日(日)晴れ

昨日の午後から晴れました。蒸せ返るお天気。暑いですね〜。
昨日は、夕刻から高知市役所たかじょう庁舎で、日銀支店長さんをお招きしての勉強会。終了後の懇親会は、ちくとリグってみました。浦戸湾堪能企画。
たかじょう庁舎から歩いて南へ、鏡川河畔。そこに、小船がお迎えに来てくれちょります。で、涼しい川面の風を身体に受けながら鏡川を小船で下って浦戸湾へ。
孕半島をまわり、横浜、灘の港で下船。その港のしゅっと近く。元々、かの入交家の別荘であったという、ゆかしい、庭付きの立派な木造建築が、目的地。

浦戸湾を主たる漁場にしちゅうご夫婦がおります。そう。いつも、日曜市で元気にエガニや酒盗などを売りゆう、永野さんご夫婦。廣丸水産さんと言います。
で、永野さんご夫婦、そのゆかしい建物で、予約制の「番屋」という料理屋をやりゆうがですね。ここで食べれるのは、目の前の浦戸湾の幸ばかり。
特に、エガニ。
これはもう、貴重な貴重なカニ。濃厚で、全然生臭くなく、素晴らしい風味は、皆さんに大好評。こんな美味しいカニ、食べたことない、というくらい。
その他、浦戸湾のヒラメ、スズキ、コハダ。全部お寿司ね。で、最後は浦戸湾のハモの汁。浦戸湾がこんなに美味しいことを、高知の皆さんもメッソご存知ないんではないでしょうかね。いや、ごちそうさまでした。

で、今朝は、そんな浦戸湾を眺めながら五台山へ駆け上がってきました。15kmラン。
家から東進、青柳橋を渡り、五台山の車道を駆け上がって牧野植物園へ。美しい初夏の花が咲き乱れる牧野を堪能し、純信の元へお馬さんが通うたとされる「お馬路」を下って長江へ。そして、山裾の小径を走って五台山東端。そこから南へ回り、下田川沿いに西へ。途中、南の山の山裾、唐谷へ入っていくと、こないだもちらりとご紹介した、ライオン宰相濱口雄幸さん生家。

唐谷には、最近、自動車専用道路が東西に走るようになりましたが、幸いなことに、濱口雄幸さんちからは道路は見えません。少し音が煩いですけんどね。

写真は、その、生家入り口。初夏の緑が美しい風景。
ここで、雄幸少年は生まれ、勉強しました。

生まれたのは明治3年。下級士族、水口家。水口家のご先祖様は、昨日エガニを食べた場所の近く、水口城を本拠とした豪族やったと思います。
明治16年に旧制の高知中学に入学するのですが、学業抜群。自分で「学生としての私は真面目であったかと思います。また、相当の勉強家であったと信じます。」と述べちゅうくらいの努力家。
その後、三高、東京帝大と進み大蔵省ですが、とにかく努力と矜持の人。

後年、首相になってからの矜持については、こないだも書きました。ロンドン軍縮条約は、第一次大戦後の国際協調による戦争回避へ向けた、意義ある条約と信じて、必死になって締結に向けた努力をします。結局、右翼の凶弾に倒れる訳だが、それが、日本の政党政治の破滅へ向かう引き金となっていったのはご承知の通り。

この生家、高知市指定の史跡。
朝、管理人さんが戸や窓を開けにくるがでしょう。で、開け放したまま帰ってしまうので、通常は、誰も居ません。
誰も居ない生家で、雄幸さんの勉強部屋に座り、縁側に腰掛け、座敷に寝転んで、あのとんでもなく厳しい時代に、信念と矜持を貫かれた濱口雄幸さんに想いを馳せる。
今、権力に阿り、自分の信念を持つことのない、そして勉強をしない「反知性主義」とも言えるような政治家の、何と多いことか。
この生家に一人で居ると、そんな想いが込み上げてきます。


←前日の日記2015年05月の日記翌日の日記→

HOME今日のにっこりひまわり

CMギャラリー

今日のにっこりひまわり
毎日健康社員日記

日記検索

フッターアクセスメニュー