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早朝京都ラン、哲学の道、琵琶湖疏水〔4356〕2015/03/20

早朝京都ラン、哲学の道、琵琶湖疏水

2015年3月20日(金)晴れ!

今朝は京都。昨夜、大阪でお客様の会合に出席し、そのまま京都に泊まっちょりました。今、京都から高知へイヌる汽車の中で、このにっこりを書きよります。

京都。朝5時から、東山界隈を12km走ってきました。まだ桜は全然ですが、早朝の京都、心地良く走らせて頂きました。
京都大学界隈から東山。銀閣寺。そして哲学の道。哲学の道は、琵琶湖疎水の分線に沿う道。明治期に文人が多く住んだことから「文人の道」と呼ばれよったと言います。京都という大都会なのに、自然豊かな土地。今も、たくさんのお寺さんと、びっくりするくらいの邸宅が並ぶような土地ですが、文人は住みたがったでしょうね〜、こんな場所。

で、京都学派を創始した西田幾多郎さんなどが、その道を散策しながら思索に耽った、ということで、「哲学の小径」とか、色んな呼び方をされるようになり、昭和47年に、地元が「哲学の道」に名称を統一して整備、美しい散歩道になったのであります。

その哲学の道を南へ。東岸はいつしか山になり、小径は山裾に。南へ行く小径なのに、道の下を流れる水は南から北へ。京都は、北から南へ鴨川や白川が流れることからわかるように、北から南に傾斜した街。なのに、哲学の道の下の水は北流。そう。疎水の分流やきですね。

哲学の道が終わり、大きな邸宅が並ぶ街並みを南へ抜けると南禅寺。以前にもご紹介したように、琵琶湖疎水の水道橋「水路閣」が美しい南禅寺。写真は、早朝、観光客も誰も居ない静かな静かな水路閣を撮影したもの。

この水路閣の上から水路沿いの狭い美しい小径を南へ走ると、蹴上。琵琶湖疎水は、琵琶湖から蹴上に、長い長い距離をトンネルなどで抜いて引かれました。明治23年のこと。大学を出たばかりの若い若い田辺朔郎技師が頑張って作りました。外人技師に頼らず。
水路閣から蹴上は、しゅっと。こんなに近いとは思いませんでした。蹴上に引かれた疎水は、ここで発電に供されたり各方面へ分水されたりしちょります。その分流の一つが、南禅寺の山側で水路閣となり、ここからトンネルを抜けて哲学の道の下の水路となっちゅう訳です。

なので。
京都なのに、その水路は、北へ流れます。
哲学の道は、銀閣寺の所では、京都の街とそれほど標高差はありません。しかし、南へ行くに従い、街との標高差がついてきて、眼下に市街地を見晴らすようになります。それは、京都を北流するようにつくられちゅうき。地形を考えながら走ると、色んなことがわかってきます。

疎水分線は、白川などと交差します。銀閣寺下の交差地点では、疎水がサイフォン構造で白川をくぐり抜けちょりました。明治期の、最先端の技術が駆使された土木工学の美しさを、たくさん見ることができます。いや、なかなか楽しい。

この写真の場所に構築する必要があったのは、水道橋。広い谷を越えてゆく、水道橋。その機能だけを考えたら、こんな美しい橋にする必要もなかった。しかし「水路閣」という名前が付けられるくらい美しいデザインの水道橋をつくった明治の人々。
日本の寺院建築の美に、見事に溶け込む西洋土木工学の粋。美しい京都。


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